殿下に婚約破棄をされましたけど、おそらく婚約者を間違えてます
今日は素敵なはずの日。
一流のシェフが作った豪勢な食事。煌びやかな衣装をまとった人々。そんな彼らがより衣装と自分を目立たせるためのダンスホール。
誰も彼もその顔に表面上は笑みを浮かべ、とても楽しげな雰囲気を出すここはパーティー会場であり、王宮。現在行われているのはパーティー会場で行われるものだから当然パーティーで、この国で1番の名門校とされる学園の卒業パーティーとなっている。
かくいう私も派手なドレスに身を包み、この日を待ち望み、それこそ殿方とダンスでもできたらいいなんて思っていた。
だというのに、
「アリシア嬢、君との婚約を破棄させてもらう!そして新たな婚約者となるのは、この君が虐め続けてきた少女、エリスだ!!私は君のような醜い人間ではなく、愛する心の綺麗なものと結婚させてもらう」
「そんな。私の心が奇麗だなんて………」
私の周りには、先ほどまでいたはずの学友が1人もいなくなっていた。まるでそこに近寄りがたい何かがいるというように彼らは私の周囲から消え去り、少し遠くからこちらをうかがうように見ている。
代わりに、私の前にいるのは1組の男女。
2人とも同級生で、1人はこの国、ハーゲル王国の第1王子にして王太子であるキルイナ・ハーゲル殿下。
そしてもう1人が、その寵愛が向けられていると学園でも噂になっていた平民の少女エリス。
そんな2人に私がされていることは、というか主に殿下の方からされていることは婚約破棄。
どうやら私の事が気に入らないらしく、愛するエリスをいじめていたという事もあって婚約破棄するらしい。
「君は次期王妃としてふさわしくない人間だ。エリス、こんなことを君に思い出させるのは心苦しいが、どうか彼女の今までの悪事を皆に伝えてやってはくれないだろうか。大丈夫だ。私がついている」
「はい。これがキル君のためになるのなら…………まず、私が学園に入学した2日後。キル君と初めて会ったその日に、私はアリシア様とその周囲にいた方々から殴られたり蹴られたりするなど、暴力を受けました。そしてそれから行為はエスカレートしていき、階段から突き落とされそうになったり、制服をゴミ捨て場に捨てられたり、持ち物を燃やされたりしたんです!」
「おお。なんてかわいそうなんだエリス!そして、そんなことをする君には人の心と言うものがないのか、アリシア嬢!!君には人の上に立つ人間としての資格がない!!その罪、命を以て償え!」
「キル君。良いんです。私は確かに傷つきましたけど、それでもアリシア様の命まで奪いたいとは思っていません。だから、そこまでするのはやめてあげてください!」
「おお。なんてエリスは優しいんだ。あんなことをしたアリシア嬢にまで優しさを向けられるなんて、君の心は広く美しい。この世に君以上に素晴らしい人間は存在しないよ」
「そんな。キル君。ほめ過ぎです」
こちらを糾弾したいのかそれとも2人でイチャイチャしたいのか。
何とも冗長な話が続いたけど、とりあえず私を王子が処刑しようとしてエリスが止めたのは分かった。
これが最初から決めていた筋書き通りなのかは分からないけど、とりあえず殿下思い通りに進んでいるんでしょうと言う感想は持っている。
ここで、一般的な婚約者であればそんな平民の女など殿下にはふさわしくないとか言って決闘でも仕掛けるのかもしれません。
しかし私は、
「あ、あの~。私がエリス嬢をいじめたという事でいいですか?公爵家のアリシア、として」
「そう言っているだろう。今更白を切るつもりか?」
「エリス嬢もそういう主張でよろしいですね?」
「は、はい!何を言うつもりか知りませんけど、アリシア様から、あなたから間違いなくいじめられました!」
「なんだ?言い訳でも始めるつもりか?だが、すでに処分は決まっている!いまさら何を言っても無駄だ!」
「いえ、そうではなく、私はそもそもアリシア様ではないのですが」
「…………は?お、お前は何を言っている!いまさらそんな嘘を言っても無駄だぞ!?」
「いえ、嘘ではなく、本当なんです。私は、ソウ伯爵家が長女、ヨーダ・ソウと申します。そしてアリシア様は、あちらにいらっしゃる紫の素敵な衣装に身を包まれた私とは比べ物にならないような美貌を持つ素晴らしいお方になります」
「え?は?お、お前は何を言って…………」
本気で困惑した様子の殿下。
でも、本当なんです。私、王子様の婚約者とかそんな良い御身分じゃないんですよ。
殿下の本当の婚約者であるアリシア様は、私たちを取り囲むようにしている集団の中にいる。
そんなアリシア様はまだ困惑した様子を見せる殿下たちに近づき、あざ笑うように見下すようにしながら口を開く。
「あらぁ~。殿下は婚約者の顔すら分からないんですの?私の事を避けているのは存じ上げておりましたが、まさか顔すらも分からないとは。そんなことで、本当に王など務まりまして?10年以上婚約者として決まっていた相手すら知らずして、王として必要なものが分かりまして?」
「なっ!?バカにしているのか!?」
「あら?私は質問しただけでしてよ?…………それともぉ、バカにされるようなことをしたと思っていらっしゃるので?」
「くっ!」
アリシア様の追及で、殿下の顔が大きくゆがむ。
会場は完全にアリシア様に支配されていた。
もう十分と言って良いほどに、この場でどちらが優勢かここではっきりと示されたのです。
しかし、アリシア様の言葉はまだ止まらない。
「とはいっても、私気になることがありますの。最近も、殿下はお手紙で私の容姿を褒めたりとされていた。しかも私の容姿の特徴を把握されているような書き方をされていましたが、どうして殿下は間違えましたの?あの手紙に書いていた特徴と一切合致しない相手を選んで」
「は?手紙?」
ここに来て、知らない要素が出てきたらしい。
殿下は目を白黒させ、その後すぐに、
「ここで嘘をつくかアリシア嬢!君はやはりくだらない人間のようだ!俺は君に手紙など一度も書いた覚えはない!!」
「あら~。そうなんですのね。では、後でしっかりと調べねばなりませんねぇ。あの手紙を誰が書いたのか。あの手紙を他の方が書いていたにしろ、ご本人が書いたにしろ、どちらでもかなりの問題ですから。ただ、今の発言もいただけませんわね。婚約者に対して手紙すら書いたことがないなど、王族としてというより人としてどうかと思いますわよ?」
「う、うるさい!お前の言葉が嘘であるという事は調べれば出てくるんだからな!」
この話が嘘だということには自信がある様子で、殿下はすごんで見せる。
しかしここで今まで全く頭が追い付いていなかったという様子のエリスが再起動して、
「ま、待って」
「どうしたんだエリス。そんなに慌てて…………って、まさか!」
その様子から、殿下は察してしまった。
その手紙とやらに、エリスが関わっていたことを。そこまで深くではないにしても、関わってしまっていることを。
慌てて殿下は言葉を撤回か何かしそうになるけど、それより早くアリシア様が口を開き、
「今、ご自分で調査をするとハッキリおっしゃられましたからね?私どもも協力させていただきますし、犯人とそれに関わった者達は見つけ出させてもらいますわよ。1人残らず、ね?」
「ま、待て!」
「あら~。どうして待つ必要がありますの?殿下も記憶にないというのなら、余計な失態などなかったことにすればいいではないですの…………どうしてもと言うのであれば、あなたの継承権を私に譲渡するくらいやるという覚悟を見せていただければ考えなくもないですが」
「な、なにをふざけたことを言って…………」
「ふざけてなどおりませんわ。私は、殿下にそれだけの覚悟があるのかを問うているのです。殿下を騙る者がいる。当然ながらそれは、重罪人ですわ。しかしその重罪人を探すことを止めたいとおっしゃる。であれば、当然それをするだけの覚悟をお見せいただかなければこちらも納得できないのですわ」
さぁ。握りつぶすならば覚悟という名の代償を払って見せろ。
そう言わんばかりに笑うアリシア様はそこまで言うともうここに用はないとばかりに後ろを向き、殿下に別れの言葉すら告げることはなく取り巻きを連れて去っていく。
まさしくこの国の勝者が誰かがはっきりと分かる現場だった。
「…………完璧、と言ったところですわね。すばらしいですわ、ヨーダ、いえ、ロイル。あなたの女装と演技で完全に我が公爵家が王家の上に立つ準備が整いましたの」
「お褒めにあずかり光栄にございます。アリシア様」
問題が起こってしまったためパーティーが中止され、私はその帰りにアリシア様の屋敷に寄った。
使用人すらいないアリシア様の秘密の場所で、私はカツラを脱いでアリシア様に向き合い、軽く頭を下げる。
「あの殿下たちの顔見まして?実に愉快でしたわ」
「はい。まさしく計画通り、見たいものが見れました」
「ヨーダなんて人間など存在しないのに、本当に殿下は愚かですわね。そして、あなたの演技で騙される下民も」
「ええ。まさか、本当にこの時まで私をアリシア様と間違い続けるというのは予想外でした」
あのエリスという平民の言葉は、必ずしもすべてが嘘と言うわけではない。
アリシア様にいじめられたというところが嘘なだけで、本当に私には虐められていたのです。
カツラを被り声を高くし詰め物をした私にアリシア様は取り巻きの一部を連れる許可を出してくれた。それだけであの平民の少女は私の事をアリシア様だと思い込み、大衆の前でアリシア様が私であり、アリシア様にいじめられたと言ってしまった。
殿下がアリシア様の顔など見たことすらないという情報だけで、ここまでふざけたことをして大丈夫なのかと不安ではあったけど通用してしまった。
殿下が愚かだというアリシア様の意見には心の底から同意するし、アリシア様がお喜びで私もうれしい。
「しかし、これであなたが私とした約束は果たされたわけですか。こうなると私も、約束を果たさなければなりませんわね」
「では?」
「ええ。ロイル。私と結婚しましょう。ここまで公爵家は圧倒的な立場を手に入れたのです。誰にも文句など言わせませんわ」
こうしてエリスを騙し王子を一緒に転落させる。
これは、数年前から計画していたものだった。
発端となったのは4年ほど前。
初めてアリシア様をお見かけした私は、彼女に即座に求婚した。
しかし分かり切ったことではあったけど、アリシア様には婚約者がいた。つまりその時には殿下が婚約者として決まってしまっていた。
だからこそ本来ならば諦めなければならなかったところですが、アリシア様も殿下からの寵愛を受けるどころか見向きもされないことで不満が溜まっていたようで、私にとある約束をされた。
それこそが、殿下よりアリシア様が上に、王家より公爵家が上に行くこと。これを私が導き成功させたのなら、私と結婚するというもの。
国の中の絶対的な序列を変える不可能とすら思える条件でしたけど、私はやって見せた。
「たかが子爵家の人間が求婚してきた時は何事かと思いましたが、あれこそまさに運命だったのですわね。身分を乗り越え、少し性別も乗り越え、あなたは私との約束を果たした。殿下などではなく、私の事を見てくれるあなたこそが本当の運命の相手。愛しておりますわよ、ロイル」
「私も愛しております。アリシア様」
微笑むアリシア様。
愛を伝えあい、私たちは目を閉じ唇を静かに近づけ、
「そういう愚かなところが、実に愛らしい」
「あっ、えっ…………カハッ!?」
そのアリシア様の口から、赤い血が噴き出る。
私はそれをひらりと避け、アリシア様の首元に刺しておいたナイフを手から離す。
アリシア様のドレスは瞬く間に真っ赤に染まり、それは地面まで染めていく。首を刺したから絶叫すら上げることができないまま、アリシア様は息絶えた。
「子爵家の人間、ねぇ。私の出身と伝えた家、調べていない癖によくエリスや殿下を馬鹿にできましたね。私、そもそも貴族ですらないんですけど?」
私は貴族でない。それどころか、この国の人間ですらない。
本当の私は、このハーゲル王国の隣国にして関係が最悪とすら揶揄され戦争も高頻度で起きている国、モサリ帝国の工作員。
ダメもとで公爵家の令嬢とつながりを作ろうとしたら成功し、そのまま公爵家と王家のバランスすら崩すことに成功してしまった。
これは帰ったらボーナス間違いなしな結果を出せたと思いますね。
「使った短剣も騎士団の物ですし、王家が暗殺させたとか勘違いしてくれるでしょうか?とりあえず、見つかる前に逃げさせてもらいましょう」
本来ならこの後は国の実権を公爵家が握り、名前が残るだけで王という力は公爵によって奪われるはずだった。
しかしここでアリシア様が倒れたことによりその関係は確実な敵対へと代わり、グダグダな国内での争いに発展することが予想される。
「公爵様はアリシア様を溺愛されているという噂でしたし、ぜひとも復讐のために泥沼の争いをしてもらいたいですね。そうすれば私のボーナスは、どんどん高くなっていくんですから」
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