第7章 帝国内部の亀裂
豊洲の倉庫街。
雨は止み、冷たい霧がコンテナの隙間に漂っていた。
成瀬沙耶は星野あかりとともに、慎重に周囲を見回す。
彼女の足音は軽く、だが確実に倉庫内に響いている。
「ここが……篠原の特別部門の隠れ家?」
星野あかりの声は低く、震えはない。
長い沈黙と管理の中で培われた冷静さが、彼女の全身から漂っていた。
「そう。ここにある情報網と、裏の資金流通の制御施設――
蓮の帝国の“中枢”だ」
沙耶は手元のタブレットを見ながら説明する。
「ここを掌握できれば、蓮も、白神も、藤堂も、すべて動かせる」
星野あかりは短く息を吐き、扉の方を見た。
「私……外の世界に戻る」
「慎重に。今、帝国は内部抗争で揺れている。
蓮の右腕、藤堂も動き始めた」
その時、倉庫内の警報が微かに鳴る。
「誰か来た」
三人は素早く影に身を潜める。
モニターには、白神義孝と数人の部下が映っていた。
「篠原、報告しろ」
白神の声は低く、威圧的だ。
篠原が振り向き、淡々と答える。
「特別部門に異常なし。情報は統制下にあります」
「それで本当にいいのか? 蓮はまだ動揺している。
内部リークがあれば、表向きの帝国も崩れる」
「問題ありません」
沙耶は小さく息を吐き、星野あかりに耳打ちする。
「今がチャンスよ。彼らが互いに牽制している間に、私たちが動く」
星野あかりは静かに頷いた。
「わかった……でも、私はただ、自由になりたいだけ」
二人が奥のデータ室に進むと、数十台のモニターが壁を覆っていた。
広告代理店、政界、芸能界、海外の大使館まで、情報の流れが複雑に交差する。
「ここで、全員の動きを掌握できる」
沙耶は指で画面をなぞる。
その瞬間、モニターの一角に、RAYS所属の若手タレントが映し出された。
緊張と恐怖に顔をこわばらせ、スタッフに指示されるまま動いている。
「……あの子たちも、自由じゃない」
星野あかりは拳を握った。
「私が終わらせる……全員じゃなくても、ここにいる誰かのために」
沙耶は小声で答える。
「私も手伝う。でも、蓮を無闇に敵に回すわけにはいかない。
まずは、情報と資金ルートを制御しないと」
そのとき、扉が勢いよく開き、黒服の男たちが侵入してきた。
「……藤堂?」
沙耶の顔が硬くなる。
蓮の右腕は、裏切りか、確認か――どちらにせよ、帝国内部の権力抗争の始まりを告げていた。
星野あかりは恐怖を抑え、モニターに集中する。
「逃げるより、動く。ここで黙っていては、ずっと支配される」
倉庫内、緊張が張り詰める。
情報と権力の網の中心で、三者三様の思惑が交錯する。
帝国はまだ完全ではない。
だが、裂け目は確実に広がり始めていた。




