第6章 隠された部屋
深夜の渋谷。
雨が道路を濡らし、ネオンが濡れたアスファルトに乱反射している。
成瀬沙耶は、タブレットの画面を睨みながら足を急いだ。
そこに映っていたのは、RAYS所属時代に突然姿を消した元タレント、星野あかりの居場所を示す座標。
座標は都内の倉庫街。古びた建物が軒を連ね、警備カメラは少ない。
「……こんな場所に?」
沙耶は小声で呟き、バッグからライトを取り出す。
扉を押し開けると、埃っぽい倉庫の空気が鼻を突いた。
奥に進むと、古いオフィスデスクが並ぶ一角が現れる。
その中に、ひっそりと置かれた小さな部屋。扉には暗証番号式のロックがあった。
沙耶は息を潜め、暗証番号を入力する。
「偶然、数字がメモに残っていたのよ……」
扉が開くと、中は異様な光景だった。
モニターが壁に埋め込まれ、数十台のカメラ映像が切り替わる。
その中に、星野あかりの映像が映っていた。
彼女は表情を変えず、無言でデータ端末を操作している。
明らかに「働かされている」というより、管理された環境で情報作業に従事している姿だった。
「……生きてた」
沙耶の胸に、言葉にならない安堵と恐怖が同時に押し寄せる。
背後で音がした。
振り向くと、黒いスーツ姿の人物が立っていた。
顔は見えない。声だけが響く。
「ここに入るとは、運がいいのか、馬鹿なのか」
「……あなたは誰?」
「私は、この倉庫の管理者だ。正式には、RAYS内の“特別部門”――篠原透の直属チーム」
篠原透。かつてRAYSのタレント整形プログラムに関わった外科医。
蓮の影に隠れ、事務所の裏で“実験的プロジェクト”を管理していた人物だ。
「星野あかりは……事故ではなく、自らの意志でこの部屋に残った。
表向きは消えたことになっているが、彼女は情報収集と管理に必要不可欠だからな」
沙耶は理解した。
「つまり、RAYSにはもうひとつ、一般には存在を知られない組織があった……」
「そうだ。この“特別部門”は、政界・財界・芸能界の情報を裏で集約し、必要な時に蓮に提供する」
部屋の奥に設置されたモニターが一斉に切り替わり、全国の広告代理店、官庁、海外の大使館までの回線図が映し出される。
「……こんな規模で……」
沙耶は息を飲む。
「そして、この部門のもうひとつの役割は、“外部からの干渉を遮断する”ことだ」
篠原の声は淡々としているが、恐怖が含まれていた。
「リーク? 漏洩? すべてここで制御される」
沙耶は星野あかりを見た。
彼女の目は冷静で、表情は動かない。
だが、瞳の奥に、かすかな怒りの光があった。
「……あなたたちは、表向きの帝国と、裏の帝国――二重構造で国を掌握していたのね」
「その通りだ。だが表向きのRAYSは、世間の目を惹くための装置にすぎない。真の権力は、こちらにある」
沙耶はノートを取り出し、すべてを書き留めた。
目の前で暴かれた構造は、ただの芸能事務所ではなく、国家の裏側を動かす巨大な網だった。
「……これは……取材どころじゃない」
「そうだな。だが、君が望むなら協力してやる」
篠原は一歩下がり、部屋の扉を閉じる。
星野あかりの存在、篠原の“特別部門”、裏社会と政治・芸能界を結ぶ情報網――
沙耶は理解した。
この帝国は、崩れるどころか、まだ進化を続けている。
そして、その裏で生きる者たちの思惑は、まだ誰にも読めないままだった。




