第5章 同盟
六本木のタワーマンション、最上階のペントハウス。
東京の夜景を一望するガラス張りの部屋で、神谷蓮はひとり、琥珀色の液体をグラスに揺らしていた。
背後で静かに電子音が鳴る。大型モニターに映し出されるのは、業界の取引データ、広告代理店の資金フロー、そして政府関連企業の出資ルート。
そのすべてが一本の線で彼の事務所《RAYS》へと収束していた。
この国では、金を流す先を抑えた者が、情報を握り、そして人を支配する。
蓮は誰よりもその仕組みを理解していた。
扉が開き、秘書の沙耶が静かに入ってくる。
黒のタイトスーツに、無駄のない所作。
彼女は元テレビ局の報道記者。三年前、情報漏洩の濡れ衣を着せられ、メディア業界から追放された女だ。
今は蓮の右腕として、裏の仕事を一手に引き受けている。
「新宿の会員クラブ《ルミナス》、経産省の官僚と、電通の子会社の役員が同席していました。うちのタレント“葵”が接待に入っていたようです」
「録音は?」
「もちろん。音声と映像、両方。週明けには議員連盟の裏献金の件で、交渉材料になるはずです」
蓮は口元をわずかに歪めた。
「完璧だ。これで“彼ら”は、こっちの条件を飲む」
沙耶は無表情のまま頷く。
「この国の上層部、ほとんどがあなたの掌の上にいますね」
「掌なんて大げさだ。ただ、みんな“守るもの”が多いだけだよ。家族、名誉、地位、会社。
それを壊されたくないから、俺たちに金を流す。それだけのことだ」
「あなたは守るものがないから、強いんですね」
その言葉に、蓮の視線が一瞬だけ鋭くなった。
だがすぐに、笑みを浮かべる。
「守るものがない奴ほど、よく燃える。燃え尽きるまでな」
沙耶は短く息を吐き、資料をテーブルに並べた。
そこには、政治家、財界人、芸能人、医師、司法関係者の名前が細かく記されたリスト。
取引金額、海外口座、関係した人物――。
「このリスト、流出すれば国がひっくり返ります」
「だからこそ、誰も俺に逆らえない。沙耶、君がいなければこの構造は維持できない。
俺が“帝王”だとすれば、君はその影だ」
「……光の裏にある闇、ですか」
「そう。光だけじゃ、帝国は立たない」
蓮は立ち上がり、夜景に向かって言葉を続けた。
「沙耶、近いうちに海外口座を経由した資金洗浄のルートを増やす。香港、シンガポール、それとドバイ。
表では『グローバル・タレント・プロジェクト』として芸能輸出を掲げる。裏では要人のパーティにタレントを派遣し、情報を取る。
国際的なスキャンダルの証拠を掴めば、国内の政治も動かせる」
沙耶は頷きながらも、どこか冷めた目で彼を見ていた。
「……あなたは、この国を支配したいんですか?」
「支配なんて、つまらない言葉だよ。俺はただ――世界が俺を無視できない場所に立ちたいだけだ」
沈黙が流れる。
窓の外では、ネオンがゆっくりと滲み、街が無数の星のようにまたたいている。
沙耶は一瞬だけ、その光の中に何かを見たような気がした。
それは希望か、あるいは破滅の光か。
蓮が背を向けたまま呟く。
「沙耶。もし俺が倒れたら、この帝国を燃やせ。
すべての記録を流出させて、国を終わらせろ」
「……了解しました」
その声は、氷のように冷たく響いた。
同盟は、ここに結ばれた。
だが、それは同時に、二人が互いを破滅へ導く契約でもあった。




