第13章 エピローグ:空白の報道
二〇二六年三月。
東京・永田町。
記者クラブの一角で、沈黙が続いていた。
スクリーンには、ニュース速報が映っている。
【速報】大手芸能事務所《RAYS》、不正経理・贈収賄の疑いで強制捜査
元代表・神谷蓮の行方は依然不明。
政治家、複数企業への資金流出を確認――
記者たちが一斉にスマートフォンを操作し、
SNSには「芸能界の裏」「国家ぐるみのスキャンダル」といった文字が踊っていた。
しかし――誰もその“核心”には触れようとしない。
データは消された。
証拠も、関係者の多くも口を閉ざしている。
まるで、巨大な空白が生まれたかのようだった。
■ 消えた者たち
RAYS崩壊から3週間。
蓮は消息を絶った。
佐久間は表向き「心臓発作」で死亡。
だが、警察の捜査報告には不可解な空白が多かった。
〈彼らを支えていた“もう一つの組織”が、後始末をした〉
そう囁く記者もいたが、誰も確証を得られない。
沙耶はその頃、都内の小さなマンションに身を潜めていた。
新しい名前、新しい身分。
彼女のスマートフォンには、一通の匿名メールが届く。
【件名】まだ終わっていない
【本文】HORIZONの“鏡像”が地方にある。名古屋支部。
― 藤堂
打ち込まれた文字は、明らかに彼の筆跡を模していた。
沙耶は指先でスクリーンをなぞり、深く息を吐いた。
「……あなた、まだ私を動かすのね」
■ テレビの中の虚無
その夜、ニュース番組に“特集”が流れた。
《RAYS事件の闇:政治・芸能・暴力の交差点》
キャスターは淡々と読み上げ、映像には笑顔のタレントや国会議員の顔が並ぶ。
ナレーションが続く。
「真実は、いまも闇の中にあります」
沙耶はテレビを消した。
部屋は一瞬で静まり返る。
冷蔵庫のモーター音が、妙に生々しく響いた。
彼女は机の上に置かれた古びたメモリチップを手に取る。
藤堂の遺したもの。
その中には、もう一つのフォルダがあった。
タイトルは「RESTART」。
開くと、映像データが再生された。
蓮の声。
「――支配は終わらない。ただ、形を変えて繰り返す。
だが、もしお前が“人間”でいられるなら、それを止められるかもしれない」
沙耶の目に、一筋の涙がこぼれた。
■ その後
翌日。
六本木ヒルズは再び平穏を取り戻したように見えた。
新しいテナント、新しい看板、
《RAYS》の跡地には別のエンタメ企業のロゴが掲げられている。
通りを歩く若者は、もう何も知らない。
昨日のニュースを、今日には忘れていく。
だが――
そのビルの地下には、まだ稼働中のサーバーがひとつ残っていた。
ディスプレイには、青い文字が点滅している。
SYSTEM RESTORE: 27%
誰かが、“再起動”を仕掛けていた。
■ 終章:空白の報道
数日後、深夜の報道番組で短いコメントが流れた。
「情報の自由とは、誰かが監視される自由でもある」
沙耶はその声を聞きながら、
静かにノートパソコンを閉じた。
外では雨が降っている。
東京の街が雨に煙るなか、
彼女の表情には、悲しみでも恐怖でもなく、
どこか“覚悟”のようなものが宿っていた。
「……まだ、終わらせない」
その言葉とともに、
画面の中で、ひとつの新しい通信ノードが光を放った。
CONNECTION: ACTIVE
LOCATION: 名古屋
そして物語は、再び静かに動き出す。