第10章 潜入の夜
深夜の西新宿。
雨上がりの路地は、街灯に濡れたアスファルトが反射していた。
沙耶はフードを深く被り、藤堂と並んで歩く。
「ここから先は、表向きの事務所の管理区域じゃない」
藤堂が小声で囁く。
沙耶はうなずき、手元のUSBメモリを握りしめた。
「葵の情報、他の消えたタレントの記録、すべて取り戻す」
二人の目的は明確だ。
RAYSの表向きの華やかさの裏に潜む、
完全会員制の裏組織「データ統括部」に踏み込むこと。
そこには政治家、ヤクザ、海外富豪の隠しカメラ映像や、脅迫材料が蓄積されている。
■ 管理区域の突破
監視カメラは多層構造で配置されているが、藤堂は事前に内部のルートを把握していた。
過去にRAYSの情報管理に関わった旧社員から入手した設計図がある。
「ここでカメラを迂回すれば、ほとんどの通路は死角だ」
藤堂はセンサー付きの小型端末を使い、警報線を読み取る。
沙耶は音を立てずに端末を操作する。
一歩一歩が緊張の連続。
万が一、セキュリティに引っかかれば、裏組織のスタッフに囲まれる。
そして、暴力・拉致・報復が待つ現実が頭をよぎる。
■ 初接触
最下層のデータ管理室に到達すると、薄暗い部屋に数台のサーバーラックが並ぶ。
中から人影が現れた。
「……誰だ」
低い声。男は手に警棒を持ち、背筋を伸ばす。
沙耶が一歩前に出る。
「旧社員です。あなた方の顧客リスト、タレント情報……全部調べたい」
男は笑いながら警棒を傾ける。
「甘いね、女の子。表の顔を見せてもらっただけで、裏の仕事は知らないんだろう?」
藤堂が前に出て、低く言った。
「知っているつもりだ。だが、それ以上に怖いのは、こちらも覚悟があることだ」
その一瞬、部屋に張り詰めた空気が震えた。
心理戦だ。力ではなく、互いの恐怖と判断力の駆け引き。
■ データ統括部の構造
部屋には大きなモニターが一面に並び、過去の顧客・政治家・ヤクザ・海外要人とのやり取りの記録が映し出されていた。
隠しカメラの映像、脅迫状、財務データ、脱税・汚職の証拠――
すべてが一目で把握できる。
沙耶は息を呑む。
「……これが、社長や裏組織が握ってきた全貌……」
藤堂は横で端末を操作し、必要なデータをコピーする。
「時間は限られている。警備が戻ってくる前に持ち出す」
その間、部屋の男は二人を監視するが、動かない。
明らかに心理的な駆け引きに慣れている。
情報の価値を理解するプロフェッショナルであり、
裏社会の暴力に染まった冷静な目をしている。
警報が微かに鳴る。
「……誰かが侵入した?」
男の声が鋭くなる。
沙耶は心臓が跳ねるのを感じながら、冷静に端末を操作する。
「コピー完了。撤収する」
藤堂が後方を警戒しながら、二人は部屋を後にする。
外では夜の雨音が再び強くなり、二人の影を隠す。
男は静かに通路に立ち尽くし、ため息をつく。
「……次は逃がさない……」
その言葉に、裏組織の牙の鋭さが透けて見える。