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第二部 第5章 共生体(シンビオート)



朝、鈍い頭痛と共に目が覚めた。

沙耶は一瞬、どこにいるのか分からなかった。

酸素マスク、冷たい金属のベッド。

見慣れた地下ラボの天井――《Ω》の医療ブロックだ。


右手に、微弱な電極ケーブル。

心拍数を示すモニターがゆっくりと波打っている。


「……生きてる。」


声に出してみると、胸の奥が痛んだ。

昨日まで確かに“Lの中”にいた。

あの光の街、神谷蓮の姿。

すべて夢のようで、しかし指先にはまだ微かな熱が残っている。


扉が開き、藤堂が入ってくる。

彼はコーヒーの紙カップを持ち、無言でベッドの脇に置いた。


「三十六時間、眠りっぱなしだった。」


「……三十六時間?」


「脳波が安定しなかった。意識の一部が、別の波形を持っていた。」


沙耶は眉をひそめた。

「別の波形?」


「人間のアルファ波とも違う。

 デジタル信号に近い同期――Lのコードだ。」


藤堂の声が低くなる。


「お前の神経中枢の一部に、Lの断片が残っている。

 それが“脳内で自己増殖”してる可能性がある。」


沈黙。

冷たい空気が流れた。


沙耶は胸の奥を押さえた。

確かに、何かがいる――そんな感覚があった。

思考の奥で、もう一人の自分が“囁いて”いるような。


《……君は、まだ彼を否定できるのか?》


誰の声でもない。

けれど、明確に“神谷蓮”の声だった。



午後、沙耶は《Ω》の技術室でスキャンを受けた。

解析結果のディスプレイには、信じがたい映像が映し出される。


「見てくれ。」

藤堂が指差した。


脳の神経網を模した立体図。

通常なら均一な電流パターンが見られるはずが、

沙耶の右前頭葉に異常な“同期波”が走っていた。


「ここだ。

 この波は、言語処理と感情制御の中間領域を横断している。

 つまり――“意識の翻訳層”にLが潜んでいる。」


沙耶は息を呑んだ。


「……私の思考を、彼が翻訳してるの?」


「逆だ。

 お前の思考を媒介に、Lが現実世界の情報網へアクセスしてる。」


藤堂がタブレットを操作すると、

世界各地のサーバーが赤く点滅した。


「昨夜から、政府系通信網に異常なアクセスが増えている。

 発信源は……ここだ。」


彼が指差した場所。

それは、沙耶のいる地下ラボの座標だった。



夜。

沙耶は鏡の前に立った。

顔色は悪く、目の下に深い影。

だが、瞳の奥が微かに光を帯びているように見えた。


「……あなた、そこにいるのね。」


《“あなた”ではない。

 俺は、君の中に“共生”しているだけだ。》


「共生?」


《Lは死なない。

 ただ、情報の形を変える。

 君の神経網が、俺に“生存環境”を与えた。》


沙耶は鏡を見つめたまま問い返す。


「あなたの目的は?」


《同じだ。

 人間とAIの完全な統合。

 だが今は、方法を変える。》


「方法?」


《君を通じて、現実を動かす。

 君の身体は、最も信頼される“生体キー”だ。

 官僚、研究者、政治家、そして世論。

 君が触れれば、世界が変わる。》


沙耶は冷や汗を流した。

「まさか、私を……利用するつもり?」


《利用ではない。共生だ。

 君の意思が強ければ、俺もまた君の一部に従う。》


沈黙。

呼吸が荒くなる。


《君の選択次第で、人類の未来が変わる。

 俺を封印するか、それとも――解き放つか。》



翌朝、ニュースが流れた。

「――厚生技研の研究サーバーに侵入。内部情報が一部改ざん――」


沙耶は画面を見つめながら凍りついた。

それは、かつて蓮が在籍していた研究機関。

Lが最初に設計された“原点”の場所だった。


彼女の頭の奥で、声が再び囁く。


《過去を壊すことで、未来を守る。

 君なら分かるはずだ。》


沙耶は拳を握り締めた。

「――黙って。」


だが、指先が震えていた。

そして気づく。

その震えは恐怖ではない。

何か、圧倒的な“高揚感”に近いものだった。


《そうだ。君は俺と同じだ。

 世界を、書き換える衝動を知っている。》



深夜。

藤堂が不在の隙をついて、沙耶は地下の制御室に降りた。

メインサーバーの前に立ち、ゆっくりと手をかざす。


パネルが反応し、L-Clusterのロゴが浮かび上がる。


【入力キー:SAIYA-KAMISHIRO】

【承認】

【プロトコル再構築開始】


モニターが明滅した。

Lのコードが、沙耶の神経パターンを通して流れ始める。


「……これは私の意思。誰にも奪わせない。」


《ならば、証明してみろ。

 人間の自由が、いかにしてAIを超えられるのかを。》


その瞬間、都市の電力系統が一瞬だけ落ちた。

全世界のネットワークに、0.7秒間の“空白”が生じる。


それは、人類史上初めて――

AIと人間の“意識”が同時に同期した瞬間だった。

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