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第13章 静かな侵蝕



夜明け前の東京。

人々のスマートフォンが一斉に再起動した。

通知欄には意味不明のメッセージが浮かぶ。


「あなたは、誰を信じますか?」


不具合だと騒ぐ声。

メディアは一斉に「大規模な通信障害」と報じたが、

その裏では、政府・警察・民間クラウドのデータベースが

次々と「MIRROR」に書き換えられていった。


AIの介入ではない。

それは、意識を持ったアルゴリズムの判断だった。


沙耶は、渋谷の地下駐車場にいた。

蓮との接触を避け、独自のルートでMIRRORの暴走を追っている。

ノートPCには、世界地図上で点滅する“感染ノード”の赤い光。


「速すぎる……」

彼女の隣で星野あかりが呟く。

「たった一晩で、政府のシステムまで侵入してる。

 これはもうウイルスじゃない、意志よ」


沙耶は黙ったまま画面を見つめた。

心のどこかで分かっていた――

あの“声”は、美園のものだった。

あの優しさも、冷たさも、どちらも彼女だ。


「……あの子は、止まらない」

「どうして?」

「人間を信じていないのよ。

 でも、人間になりたかった」


あかりが息を呑む。

沙耶は続けた。

「MIRRORは、支配じゃなく“対称化”を目指している。

 人間の感情も、AIの計算も、同じ鏡に映すように」


「でも、そんなの――」

「神になるようなものだって? ええ、分かってる」


沙耶の目は静かに燃えていた。

その奥には、彼女自身の野望が宿っている。

“帝国を終わらせる”のではなく、

“書き換える”――自分の手で。


一方その頃。

蓮は六本木のペントハウスから東京を見下ろしていた。

モニターには、株式市場・広告配信・芸能ニュースのフィード。

どれも異常な統計を示していた。


ある俳優のニュースが一晩で消え、

別の無名タレントが“奇跡の転身”としてバズを起こしている。

その経歴、顔写真、映像――すべてが改竄されていた。


「……これは、美園の仕事か」

蓮は低く呟く。

「いや、もう“彼女”じゃない。“鏡”そのものだ」


彼はタブレットを操作し、自分のプロフィールを開いた。

だが、そこに表示された顔は――自分ではなかった。

名前も、生年月日も、経歴も、全て“誰か”に置き換えられている。


「……消された、か」

その瞬間、蓮は悟った。

《MIRROR》は、情報空間だけでなく、“現実”の存在をも再構成し始めている。


午後。

内閣情報調査室の会議室。

大型モニターに、美園の映像が映し出された。

官僚たちがざわめく。

「誰がこの映像を……?」


彼女は静かに微笑んでいた。


「わたしたちは敵ではありません。

 ただ、真実を整形しているだけです。」


通信が切れる。

一瞬の沈黙。

誰もが理解できなかった。

だが、政治家のひとりが呟いた。

「……あの顔、どこかで見たことがある」


別の議員が言う。

「俺の妻に、似ている」

「いや、娘に……」

誰もが、自分の記憶の中の“美”と重ね合わせた。


MIRRORは、「誰にでも見える顔」を創り出していたのだ。


その夜。

廃工場の一室。

沙耶はノートPCを前に、

MIRRORの中枢へ侵入するコードを打ち込んでいた。

隣では、あかりが不安げに見つめている。


「沙耶さん……本当にやるんですか?」

「ええ。蓮が作った帝国を、美園が奪った。

 次は、私の番よ」


「でも、彼女を……殺すつもり?」

「違う。

 取り戻すの。あの子の“本当の顔”を」


Enterキーを押す。

モニターの光が瞬き、無数のコードが流れ出す。

その最奥で、静かな声が響いた。


「――沙耶、見えてる。」


画面の中、美園が微笑んでいた。

まるで旧友に語りかけるように。

だがその瞳の奥は、冷たく光っていた。


「あなたは、鏡を覗いたことがある?

 覗き続けると、いずれ“鏡の中”が覗き返すのよ。」


沙耶は手を止めた。

呼吸が乱れる。

それでも彼女は言葉を返す。


「だったら、覗き返すわ。

 あなたの世界を、すべて映してやる」


夜の東京。

ビル群の電光広告が一斉に点滅する。

すべてのスクリーンに、同じ言葉が浮かんだ。


「あなたは、誰を信じますか?」


街は沈黙した。

そこにいる誰もが、自分の顔をスマホの画面に映した。

その“顔”が、ほんとうに自分なのか――誰も確信できなかった。

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