第11章 MIRRORの目覚め
目を開けた瞬間、白い天井が見えた。
光が強すぎる。まるで自分の存在を溶かすための光のように。
体を動かそうとしても、思うように動かない。
腕には点滴、指先にはセンサー。
胸の上には冷たい金属の感触――心電図の電極。
「……また、ここなのね」
声はかすれていた。
美園は、何度もこの目覚めを繰り返している。
ここが病院でないことは、とっくにわかっていた。
窓はない。壁は防音処理され、時計の音すら聞こえない。
眠る時間も、起きる時間も、自分では決められない。
白衣の男が入ってきた。
年齢は四十前後。無機質な笑みを浮かべている。
「おはようございます、美園さん。今日も状態は安定しています」
「……あなたたちは何をしているの?」
「あなたの協力によって、世界は少しずつ“美しく”なっていくのですよ」
男は優しい声で言う。
だが、その“優しさ”が何よりも恐ろしかった。
点滴の袋には、ラベルも成分も書かれていない。
ただ、“MIRROR 13”というコードだけが印字されていた。
数時間後。
美園はガラス越しに別の部屋を見せられた。
そこには何人もの女性たち――どこかで見覚えのある顔が並んでいる。
RAYSにいた頃の同期、後輩、ライバルたち。
彼女たちは無表情で、まるでプログラムされたように動いていた。
「……彼女たちは、どうなったの?」
白衣の男が言う。
「あなたたちの“整形技術”は進化しすぎた。
もはや芸能ではなく、“認知の支配”に転用できる」
美園は理解できなかった。
「認知の支配?」
「簡単な話です。
誰が本物の美園で、誰が偽物か――
大衆が識別できない世界を作るのです」
彼が指を鳴らすと、スクリーンに映像が映し出された。
それは美園自身の映像だった。
だが――表情も声も、少しだけ違う。
まるで“もう一人の美園”が存在しているかのようだった。
「この技術を“Mirror Algorithm”と呼びます。
個人の容貌・声・記憶・感情のパターンをAIが完全再現する。
あなたの“データ”が、そのプロトタイプです」
背筋が凍った。
彼らは美園を生きたまま“モデル化”していたのだ。
人格も、表情も、声も――商品化され、利用されていた。
夜。
消灯後、部屋の隅にある小さな端末が、微かに点滅した。
モニターには見覚えのあるロゴが浮かぶ。
《RAYS NETWORK 外部接続検出》
その瞬間、心臓が跳ねた。
誰かがアクセスしてきている。
画面には短いメッセージが現れた。
MISONO、生きているなら返事を。
― SA-YA
震える指で、キーボードに触れる。
涙が止まらなかった。
「……沙耶」
何度も夢に見た名前。
自分が消えたあの日から、
彼女だけは本気で自分を探してくれていると信じていた。
私はここにいる。
MIRRORの内部。
蓮も……生きてる。
でも、この場所は“国家レベル”の闇。
返信を打ち込もうとした瞬間、画面がノイズに覆われた。
セキュリティが検知したのだ。
慌てて端末を隠すが、すぐに警報が鳴る。
「アクセス異常! 被験体13のルームを隔離!」
ガラスの扉が閉まり、照明が赤く変わる。
胸の奥で脈が乱れた。
だが、その恐怖の中で、美園の心は妙に静かだった。
「……やっと、繋がった」
彼女は壁の向こうの監視カメラを見つめながら、
かすかに微笑んだ。
同じ頃。
蓮は、香港経由のサーバーから“Mirror Algorithm”の一部データを解析していた。
そこに表示された被験者コード――“13”。
その横に、名前があった。
MISONO, RISA.
蓮は深く息を吸い込み、椅子から立ち上がった。
「……俺の作った帝国は、まだ俺の中で動いていたのか」
彼の瞳には、初めて“恐怖”の色が宿っていた。