第六話:逆相核
塔の奥深く、螺旋階段を進み続けるうちに、“光”は徐々にその性質を変えていった。
まばゆく感じられたはずの発光が、今ではまるで周囲の色彩を吸い取るような、冷たい輝きへと変わっていた。
足音は吸い込まれ、重力も上下も曖昧になる中、奇妙な浮遊感に包まれる。
「……着いたよ」
先を歩く“守り人”の声が、重く沈んだ空間のなかで水のように揺れる。
その先には、巨大な円形の空洞が広がり、床はよく磨かれた黒曜石が敷き詰められ、
鏡面の滑走路のようになっていて、そこに映る自分の姿は、どこか歪で現実味を欠いて見える。
その中央に、まるで宇宙を凝縮したかのような巨大な黒い球体が、
青く冷たい光を放ちながら浮いていた。
それは先ほど見たエネルギー体の数十倍もの大きさがあり、どこか異質で、波の律動が不規則だった。
「これは……?」
「これは“逆相核”。
さっき見た”真核”と対になっていて、静謐を生むために、あえて不協和を生み出す存在さ。
すべてのものは、存在するために、常に対で均衡を保とうとする。
正と負、陰と陽、生と死、みたいにね。
あの”真核”が強力なエネルギー波を制御して結界を作ることができるのも、
こいつが出す負のエネルギー波のおかげなんだ。
…とは言っても、今となってはその仕組みを完全に理解している者はいないけどね…」
逆相核は、見た目には物体のようでいて、完全な実体はないように思えた。
不定期に脈動し、微弱な衝撃波が放たれるたびに、周囲の空間がわずかに歪むような感覚があった。
「これは、“波を喰う”存在。正確には、失われた波長──
あらゆる振動の欠片が、無秩序に集まってできた塊。
存在しないはずの残響たちの集まり。つまり、反転した存在の記録。
襲ってこないだけで、超強力なアンチの塊みたいなもんかな。
まあ、コイツが襲ってきたら、それこそ”ヒトたまりもない”けどね」
と言うと突然、腹を抱えて笑いだした。
「はぁ…ウケる」
……ちょっと何を言っているのか分からない。
「さっき感じた黒い波の気配。その原因のひとつが、これだ」
ふと、逆相核の周囲に、微かに人の“形”のような影がちらついた。
それは反転した波の記憶なのか、それとも……失われた存在そのものか。
……!
その中に見覚えのある”影”を見つけた気がした。
ほんの一瞬、あの夢の中で出会った“少女”に似た姿が、逆相核の表面をかすめたのだ。
「……今、見えたのは……」
「へぇ……あんた、素質あるかもね…」
守り人はそう言って、少しだけ目を細めた。
その口調には、興味とも、警戒ともつかない色が混じっていた。