第五話:螺旋
塔のさらに奥へと足を踏み入れた瞬間、
空気が変わった気がした。
地鳴りのような微細な振動が、足元の石床からじわじわと伝わってくる。
何かが、地下深くに蠢いている……そんな気配がした。
「おい、そっちは行き止まりだよ」
いつの間に下りてきたのか、すぐ後ろにあの人物が立っていた。
「この灯台は、ただ虹膜結界を創り出すだけの装置じゃない。
”シェルター”への入口、また“残響”の吹き溜まりでもある」
「残響…?」
「ああ、シェルターまで辿り着けなかった過去に存在した者たちの
記憶や思念の”波”が、微かに残ってる。
はっきりとした意識はない思念の残りかす…残留思念とでも言うのかな。
あんたの波と共振したら……見えるかもね」
その言葉を聞いた瞬間、石壁の苔がざわりと揺れた気がした。
──いや、違う。
苔ではない。
石壁に、何かの“影”が一瞬、浮かび上がったのだ。
それは、祈るように立ち尽くす人影のようだった。
声も、色もない。
ただ、黒い影のまわりにさざ波のようなノイズが揺れている。
そして、数秒で影は消えた。
「今のは……?」
「あれが残響。
見えたってことは、あんたの波と共振したんだね」
そう言いいながら、
奥にある古びた壁の前で立ち止まった。
「ウチは、ここの番をしている。ま、案内役みたいなもんさ。
みんなからは『守り人』って呼ばれてる」
言いながら、壁に手を当てる。
ガコ──…ン
音が鳴った。
あの音よりも2オクターブ程低い音だ。
すると床の一部が静かに沈み込み、大きな円形の穴が現れた。
そこには、一本の階段が螺旋状に延びていた。
それは、見たこともない構造だった。
まるで空間の法則そのものが歪められたような──
登っているのか、下っているのか、途中でわからなくなるような──
そんな奇妙な螺旋階段だった。
「この先は重力波も歪んでるから、上下の感覚が狂うかもね」
そう言い放つと、守り人は先に降りていった。
穴はとても深く、不思議なことに先は眩しくて目が眩むほど明るい。
一瞬また躊躇したが、意を決して階段に足を乗せる。
──ウォー……ン……ウォー……ン……。
中心にあるエネルギー体の脈動が、
まるで“鼓動”のように感じられる。
「……この波、心臓の鼓動みたいだ」
思わず口にすると、守り人が前方から応えた。
「そう、それが“静謐の灯台”の心音。
あんたも、そのリズムに慣れな」
階段を降りるごとに、周囲の空気が深く、濃くなっていく気がした。
そのとき、不意に背後で微かな揺れを感じる。
振り返ると、塔の上部でわずかに空間が歪んだように見えた。
そして、そこに“黒い波”の影が、一瞬だけ揺らいだ。
守り人が、足を止める。
「……またか。最近増えてきてるな……」
その声は、静かで、どことなく重かった。