第四話:静謐の灯台
塔へ足を踏み入れた瞬間、強烈な光が視界を染めた。
白く、鋭く、すべてを覆い隠すような閃光。
思わず、目を細める。
築かれてから、半世紀は優に超えているのだろう。
石造りの床と壁には深くひびが入り、苔が静かにその隙間を侵食していた。
ところどころ、草木が石を押しのけるように芽吹いている。
塔の中央──
円形のホールの中心には、異形のオブジェが鎮座していた。
巨大な苔テラリウムを思わせるその塊からは、緑色の稲妻のような光が、
天井付近に浮かぶガラス質の球体へと流れ込んでいる。
球体から立ち昇る一本の光の柱は、天を貫き、天空へと届いていた。
やがて上空で淡く広がり、まるで空気そのものに色と振動を与えるようにして、
あの虹膜のような結界を形作っているようだった。
いったい──
いつ、誰が、何のために。
そして、どんな技術でこれが造られたのか。
そんな疑問がよぎった、その時──
「…ねえ」
背後から声がした。
が、振り返っても人の姿らしきものはない。
「違う違う。上だよ、上」
促されるままに顔を上げると、
吹き抜けのホール2階、その回廊に影が。
少年か、少女か。
判別のつかない存在が、こちらを見下ろしている。
「……誰?」
その存在は笑ったように見えた。
「あんた、何も憶えてないんじゃない?
自分がどこの誰で、なんでこんな世界にいるのか…」
──言われてみれば。
名前、年齢、性別、自らの容姿すら曖昧。
自分自身の輪郭が、霧の奥にぼやけている。
「アンチに追われて、虹膜の外から来たんだよね?
──“外波界”から」
──アンチ? 虹膜……?
「ああ、アンチってのは”アンチフェイザー”、つまり逆位相者のこと。
うちらは略してアンチって呼んでるけど、黒い影って言った方がわかるかな。
色も音も、記憶すら呑み込む”逆位相”を創り出す恐ろしいやつさ」
──黒い影……”アレ”のことか。
「で、ここにくる途中、振り返ると虹色の薄い膜があったでしょ?
それが”虹膜結界”。
この灯台が創り出す結界で、すべての波を無力化する効果がある。
この場所、”真波界”をあいつらから守ってるんだ。
あんたはその結界の外、“外波界”から流れ着いたビジターってこと」
また笑ったように見えた。
一見無邪気だが、どこか底知れぬ不気味さを秘めた、そんな笑みだった。
「ここの住人は、ウチも含め、みんなそう。
過去の記憶にノイズがかかってる。
おそらくアンチに呑まれたんだと思う。」
「でも、存在してるだけマシともいえる。
ビジターの半分くらいは、呑まれて……”思念”ごと、消えるんだ」
カコ──……ン
塔の中に響きわたる音が、一瞬自分の鼓動とシンクロした気がした。
ザザ──…
消えかけの…ノイズ混じりの記憶たちが、
この塔の脈動に呼応して、ざわめき始めた。
深く、静かに──…
心の奥のほうで、何かが再構築されていくような感覚がした…