第二話:逆位相
──もう、どれくらい歩いたのだろう。
10分……いや、20分かもしれない。
けれど、時間の感覚が曖昧だ。
──あれ?
音が、止んでいる。
たったひとつ、時を刻むように響いていたあの音も──
いつの間にか、消えていた。
……気配。
背後に、何かの存在を感じる。
思わず振り返る。
……なんだ?
そこには、これまで歩いてきたはずの石道が静かに伸びていた。
けれど──何かが違う。
──色?
そうだ。色が、ない。
ゾゾ…
遠く、道の奥から──何かが来る。
ゾゾゾ……
それは、歩いてきた道をたどるように進みながら、
色を、呑み込んでいるようだ。
いや、色だけじゃない。
音も、光も、匂いも。
すべてを──
ズゾゾゾゾ……
地鳴りのような、低く濁った「シ」の音。
──アレに捕まったら、ダメだ…!
足が、うまく回らない。
まるで悪夢の中で逃げようとする、あの感覚。
それでも、一心に──走った。
霧の向こうに、何かが見える。
──光。
空から射すあの白い光ではない。
緑がかった、何か別の、もっと力強い光だ。
……あそこまで、走りきろう──!
──気づくと、あの不気味な音が消えている。
振り返ると、霧がすぐ背後まで迫っていて、
よく見えないが、“何か”がある。
それは、まるで──
虹色にきらめくシャボン玉の薄膜のような、透明な…結界?
もう”アレ”の気配はしない。
なんだろう?……この“結界”
目視できる限り、どこまでも広がっている。
──触れてみる。
コ──……ン
……ファのシャープ…
さっき聴こえた音だ。
膜は割れることなく、かすかな振動とともに光を放つ。
すると波紋のような揺らぎが広がり、色を変えながら音とともに消えていった。
──今度は、強く押す。
カコ──…ン
より大きく震え、強く光を放つ。
だが、それでも割れることはない。
──なるほど。戻れない、ということか。
"アレ"はもう追ってこないようだし、
ゆっくりと──前へ進めばいいか…
先へ進むべく後ろを振り返る。
……!
あの光──
さっき見えた緑の光は、これだったのか……