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ヴァラール魔法学院の今日の事件!!

あけおめことよろ書き初め大会!!

作者: 山下愁

 2025年、開幕!!



「そんな訳で、今年の抱負を書き初めとして発表してほしい訳だが」


「何が『そんな訳で』なんだ親父さん」


「1から10まで全部分からないよぉ、キクガさん」


「いきなり開けて入ってきたと思ったら何か学院長みたいなことを言うんだね、ショウちゃんパパ」


「キクガさんもお雑煮いかがかしラ♪」


「もちもち」


「ああ、いただく訳だが」



 問題児が炬燵こたつでぬくぬくと暖まりながら異世界伝統料理『お雑煮』を食していると、唐突に冥王第一補佐官のキクガが乱入してきた。

 そして第一声があれである。「書き初めとして発表してほしい」ということに至った訳だが、何の説明もなしに第一声で『書き初め』なる異文化が出てきたことに疑問を隠せない。何も分からなかった。


 アイゼルネがよそったお雑煮を口に運ぶキクガは、



「実は冥王様が『今年の抱負を書き初めとして発表してもらいたい』と称して、冥府総督府の職員全員に墨汁と半紙を自費で購入してくださった訳だが」


「ああ、なるほど。余ったからこっちに寄越してきたって訳か?」


「いや、大半が『書き初めなど知らん』と言い出し、墨汁を浸した筆で戦闘を繰り広げ、冥府総督府が墨で溢れ返ったから道具を避難させてきた訳だが。おかげで年始早々、冥府総督府は大掃除だ」


「……ちなみに聞くけど、うちの親父は?」


魔法兵器エクスマキナで特大の筆を2本作って、アッシュとリアム君とアイザックで徒党を組んで全ての職員を薙ぎ倒したが」


「何してんだ、親父は」



 ユフィーリアはため息を吐いた。年始早々、あの馬鹿親父は他の馬鹿タレどもと徒党を組んでやらかした様子である。



「何かすんません、うちの親父がとんだご迷惑を」


「いや何、私も特大の筆を使って冥王様を薙ぎ倒すのは非常に楽しかった訳だが」


「何で親父さんもぶち倒す側に回ってんだよ」



 その日、問題児は思い出した。


 普段は常識的で少し天然な部分があり子煩悩なキクガだが、冥府総督府の友人が絡むと頭の螺子が弾け飛んでしまうことを。

 そして何より、本人が根っからの問題児気質であることを。


 ――ユフィーリアは頭を抱えざるを得なかった。親子世代で問題児か。



「まあそんな訳で、まともに使われていない道具が可哀想だから君たちで使ってあげなさい」


「いやまあ、もらえるんだったら使うけどよ」



 キクガが差し出した紙袋には、まだ新しい墨汁と筆と半紙のセットが詰め込まれていた。こんなものが冥府にあるとは驚きである。



「まあ、正月らしいことはしてねえしな」


「だねぇ」


「お正月!!」


「問題児書き初め大会ネ♪」


「書道は得意だ、任せてくれ」



 そんな訳で、問題児は書き初めに乗り出すのだった。



 ☆



 書道有段者のショウと書道師範のキクガにも指導いただき、不慣れながらも問題児の4人は書き初めを仕上げた。



「まずはショウから見せてくれないかね?」


「ああ、父さん。しっかり書いたから見てほしい」



 自身ありげに頷いたショウは、半紙を広げて墨を使って書かれた文字を見せる。

 並んでいたのは4つの極東語だった。複雑な構成が特徴的な極東の言葉は書くことも難しいとされているが、ショウはそんな難関の字さえ綺麗に書いていた。


 ちなみに書かれていた言葉は『質実剛健』であった。何の意味か分からない。



「今年は心身ともに健康でいたいから」


「ふむ、素晴らしい目標な訳だが。精進しなさい」


「ああ」



 父親に褒められ、ショウは嬉しそうに笑う。


 ただ、彼の背後には綺麗に折り畳まれた半紙が隠されていた。それには『既成事実』という別の4文字が並んでおり、どうやら今年の目標は別にあることが窺える。

 横並びにいる問題児4名は、ショウの背後に置かれた半紙からそっと視線を逸らした。これは触れてはいけない代物だと判断したのである。



「お次はおねーさんネ♪ あまり極東の文字を書かないから苦労しちゃったワ♪」


「なるほど、アイゼルネ君らしい目標な訳だが」



 アイゼルネが広げた半紙には『美の追求』の文字が並んでいた。確かに問題児のお洒落番長であるアイゼルネらしい目標である。



「その為にもまずはユーリの髪のお手入れとお肌のお手入れは欠かせないわネ♪」


「あ、それ自分の目標じゃなくてアタシが標的なのか」


「そうヨ♪ ユーリを輝かせるのがおねーさんの使命ヨ♪」


「自分自身に課せよ、その目標はよ」



 ユフィーリアは深々とため息を吐く。相変わらずの調子である。また今年も実験台にされるのかと天井を振り仰ぎたくなった。



「オレはこれ!!」


「ハルア君らしい元気いっぱいな文字で大変よろしい」



 ハルアが広げた半紙には『元気』の2文字がデカデカと書かれていた。大きめの半紙いっぱいに描かれた文字は、端から端まで元気に溢れていた。

 そんなことを目標に掲げなくても、ハルアは風邪も引かない元気いっぱいな暴走機関車野郎である。今まで通り暴走機関車でいてくれればそれでいいのではないだろうか。


 そんなことを思っていたら、ハルアは「あ、でもね!!」と言い、



「本当の目標はこっちね!!」


「借金返済……」


「あれからまた増えてたもんな」


「減ってると思ったんだけどね!!」



 ハルアはぶっ壊れ気味な笑顔で言う。


 たびたび学院の調度品をぶっ壊すので、その度に借金が増えていくのだ。管理をするユフィーリアも頭を抱えているぐらいである。頻度は減ったが壊してしまうブツの値段が値段なので、微妙に増えているのだ。

 壊すたびにユフィーリアもハルアを正座させて懇々と説教をしているのだが、普段から怒り慣れないユフィーリアが説教をしても彼の心にはいくらも響いていないらしい。これはもう今年からやり方を変える他はなさそうだ。



「もう親父さんに借金の管理をしてもらおうかな……」


「ごめんユーリ!! オレまだ腕取られたくない!!」


「ハルア君? 私は決して借金返済のカタに腕を持っていくようなことはしない訳だが?」



 キクガが心外なと言わんばかりに青褪めた顔のハルアに応じるのだが、腕を組んで仁王立ちをしただけで威圧感を与えることが出来るインテリヤクザ冥王第一補佐官様に借金の管理を任せただけで大変なことになりそうだ。優しさの欠片もない取り立てが待っている。

 土下座をしたハルアは「これからもゴメンドウおかけシマウマ」などと本気で謝ってんだから謝っていないんだか分からない謝罪の言葉を口にする。なるほど、キクガはいい抑止力になりそうだ。さすが七魔法王セブンズ・マギアスが第四席【世界抑止】である。


 さてお次は、



「俺ちゃんはねぇ、まあ無難にいこうかねぇ」


「ほう、無病息災かね。風邪を引かないのは1番な訳だが」



 エドワードが広げた半紙は『無病息災』の文字が、少しばかり角張った調子で並んでいた。風邪を引くと長引きがちになるので、風邪を引かないことが1番である。

 ただ、味気がないのは何とも言い難い。面白さを求める問題児として由々しき事態だ。


 ユフィーリアは彼が広げる半紙を横目で見て、



「面白みがねえなぁ、美食探求とか言っとけよ」


「やっていいなら砂漠のオオムカデを一緒に捕まえに行こうよぉ」


「お前の珍味収集に付き合わせんじゃねえ!! 昆虫食は嫌いだって言ったろ!?」



 エドワードの誘いにユフィーリアは悲鳴を上げながら拒否した。食べられなくはないが、見た目がよろしくないし味もモサモサしているのであまり好きになれないのだ。



「ええー、でもハルちゃんとショウちゃんは平気だもんねぇ」


「この前シロカブトムシの網焼きを食べたよ!!」


「バターとお醤油を一緒にかけて食べるとご飯が進むんだ」


「後輩を昆虫食の道に進ませてんじゃねえよドアホ!?」



 ユフィーリアはエドワードの頭をスパーンと叩いた。小気味いい音がした。

 ちなみにシロカブトムシはその名前の通り真っ白なカブトムシで、焼いて食べると身がトロトロして美味しいと評判の昆虫食である。自分が食いたいからと言って上司のユフィーリアを巻き込むのではなく、その矛先がまさか後輩に向けられるとは思うまい。


 息子が意外にも逞しく成長していることに、キクガは何故か涙ぐんでいた。先輩に悪いことや余計なことを教え込まれているということを理解していないのか。



「最後にユフィーリア君な訳だが」


「あー、はいはい」



 キクガに促されるまま、ユフィーリアは自分の半紙を広げた。



「『愉快探求』かね。ユフィーリア君らしい訳だが」


「いやまあ、まだまだ面白いことをやりたいんでね」



 ユフィーリアの今年の抱負はいつでも変わらない。変わらず『面白いことをやる』という意味合いでの言葉だった。

 問題児なので当たり前である。今年も面白いことをやっていく所存だ。


 そんな意味を込めて自信ありげに提出したが、



「ユーリの方こそ面白みに欠けるじゃんねぇ、もっと愉快なものにしなよぉ」


「ぶへ」



 エドワードが墨に浸ったままの筆で、ユフィーリアの頬を突き刺してくる。おかげでユフィーリアの真っ白な頬には黒い墨が付着した。


 ジト目でエドワードを見据えるユフィーリア。真っ黒な墨がたっぷりと染み込んだ筆を装備した状態で、エドワードは煽るようにニヤリと笑う。

 なるほど、部下が自ら身を挺して面白さを提供してくるとは泣けてくる。いい部下を持ったものだ。その喧嘩を喜んで買わせてもらおうではないか。


 ユフィーリアは自分の硯に置かれたままとなっていた筆を引っ掴み、



「ふんぬッ」


「おぎゃあ!!」



 筆の部分をエドワードの鼻にぶっ刺した。


 鼻の奥まで墨が入り込み、痛さのあまり悶絶するエドワード。ジタバタと暴れるエドワードの鼻の穴は真っ黒に染まり、ついでに黒い鼻水まで垂れてきていた。墨が混ざっていた。

 生理的な涙の浮かぶ銀灰色の双眸で睨みつけてくるエドワードと、ニヤリと笑うユフィーリアの間に火花が散る。カーンというゴングの音が頭の中で鳴ったような気がした。



「何すンだクソ魔女があ!!」


「飼い主の顔に墨を塗ってくる駄犬に再教育してんだよ、おらそこに直れ顔中を墨だらけにしてやんよ!!」



 筆とすずりの二刀流で飛びかかるユフィーリアに、墨が染み込んだ筆1本で立ち向かうエドワード。問題児ツートップの喧嘩が今年も始まった。



「ユーリとエドの喧嘩は変わんないぶへぁ」



 蚊帳の外であるハルアは、横から突き出された筆に襲撃された。

 やったのはショウである。たっぷりと自分の筆に墨を染み込ませ、ハルアの頬にぐりぐりと模様を書いていく。赤い瞳は愉悦が滲んでいた。


 ハルアは「もう!!」と憤慨し、



「先輩のお顔に悪戯する後輩はお仕置きだぞ!!」


「わあ!!」



 ショウの頬にもハルアはぐりぐりと筆で模様を書いた。2人揃って頬が真っ黒けである。そのまま悪戯書き合戦となってしまった。ユフィーリアとエドワードの2人と比べれば随分と平和である。


 どうしたことか、冥府総督府でも懸念されていた墨を使った馬鹿合戦が用務員室でも展開されてしまった。ユフィーリアとエドワードは全身を真っ黒にしながら格闘し、ショウとハルアの未成年組は髭や鼻毛など相手の顔に落書きを重ねていく。もはや収集はつかない。

 残されたのはキクガとアイゼルネのみである。ツートップの取っ組み合いや未成年組の落書き合戦に巻き込まれないように、用務員室の端に避ける。



「今年も賑やかになりそうな訳だが」


「そうネ♪」



 ほわほわと笑うキクガの隣で、アイゼルネは賑やかさを増す用務員室の様子を放置してお茶を入れに行くのだった。

《登場人物》


【ユフィーリア】今年の目標『禁書読破数100冊』。その為にはまず魔導書図書館の禁書エリアに侵入しなければ。

【エドワード】今年の目標は『ドラゴン単独撃破』。以前まではユフィーリアに手伝ってもらっていたが、今年こそは単独撃破したい。

【ハルア】今年の目標は『迷わずお家に帰る』。方向音痴、直したい。

【アイゼルネ】今年の目標は『茶道を極める』。キクガに話を聞いて、挑戦してみたい。

【ショウ】今年の目標は『10キロのダンベルを持ち上げる』。筋肉ほしいぜ。


【キクガ】今年の目標は『心穏やかに、冷静に』。冥府総督府の問題児と影で呼ばれていることに反省し、真面目に生きようと決意。多分無理。

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新年あけましておめでとうございます。 今年もどうぞよろしくお願いいたします。 2025年一発目から早速初笑いしました。書初めをするはずが、どうして問題児たちや冥府の皆さんに墨汁と筆を渡したとたんに墨…
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