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居留守  作者: 泉田清
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タイトル未定2024/12/22 19:37

 帰宅する。トイレの照明が点いたままである。

 朝から晩まで点けっぱなし。恐怖を感じた。スイッチを切る。今さら無駄だ、10分後にはまた点けるのに。

 歯を磨いていると、カラン、空き缶の転がる音がする。昨夜積み上げたビールの缶が今になって転げ落ちる。カラン、カラカラ、カランカラン。今まで積み上げて来た空き缶たちが一気に崩れ落ちた。私を無視して。仮に私が部屋に居なくても、同じことが起きただろう。


 洗濯機を回すのは出かける前が多い。ゴー、ゴー、回る音を聞きながらドアを閉じる。20分後。無人の部屋でヒッソリと洗い終わる。

 たまには洗濯機を回しながらパソコンの前にいる事もある。ゴー、ゴー、ガサッ、ゴー、ゴー。何かが落ちた。洗濯機の上に、いつも財布とか部屋のカギを置いてしまう。洗濯機の振動で上に置かれたものが落ちるのだ。やれやれ、落ちたものを拾いに行った。いつもなら人知れず落ちただろうが、今この部屋は無人ではない。落ちていたのは今しがた買ってきたばかりの、スーパーの弁当だった。何てことだ。ひっくり返って逆さまだ。食べれないことはない、中身がすべてフタに引っ付いているだけ。が、何だか汚らしい。自分が汚らしい生活をしているという自覚はある。実際部屋の中はゴチャゴチャである。もう二度とこの部屋に他人を入れることは無い。


 眠っている時。意識の殆どが内側に向けられている。眠っている間は、ほぼこの部屋に誰もいない状態、と言える。出かけたのだ。夢の中に。「ほぼ」といったのは、ある場合には目が覚めてしまうからだ。それが起きそうになると、夢の中で「チリーン」という風鈴のような音がする。八ツ、と目が覚める。一呼吸おいて現実でも「チリリーン」と着信音が鳴るわけだ。通話ボタンを押すが、先方からは何の反応も無い。いつもの無言電話だった。ある場合、とは着信音が鳴りそうな場合である。無言電話が来るようになって以降、眠っている間のみ、この「着信予知」の能力を手に入れたのだった。


 ガサッ。私はヒゲを剃っていた。今、誰かがポストにチラシを入れていったヤツがいる。ヤツからすれば、今、この部屋に誰かが居ようが居まいが関係ないという訳だ。愚かなヤツだ。ポストの底には何枚ものチラシがゴミとして溜まっているというのに。だとしても、ヤツには何も関係が無い。自分の入れたチラシがゴミになろうが、何かの成果を上げようがかまわぬ。ヤツの仕事は「チラシをポストに入れる」に尽きる。見事なものだ。

 帰宅してポストを開ける。見慣れた水色の封筒、中に履いている便箋の内容も開けずともわかる。封筒を開け便箋を取り出す。やはり何も書いてない。水色の封筒は月一程度で送られてくる。思うに無言電話、それと水色の封筒の送りつける者は同一人物なのだ。中々姿を見せない「追手」から私は付け回されている。

 

 心当たりが全くないわけではない。部屋がゴチャゴチャになる何年か前まで、私には恋人がいた。彼女とは週末ごとにこの部屋で過ごした。夜に騒ぎ過ぎてしまい、隣人が苦情を言いに来たこともある。楽しい時を過ごしたものだ。

 結婚の話をするようになると、途端に彼女は、生活習慣や金についてあれやこれやと口うるさくなった。何だか面倒になり「もう部屋に来るなよ」と告げた。「責任取ってよ!」が彼女の最後のセリフだ。ピンポン!次の週、いつものようにインターフォンが鳴った。彼女だったと思う。ピンポン!ピンポン!無視した。最初で最後の居留守を使った。以来インターフォンは鳴らなくなったが、代わりに無言電話や水色の封筒が来るようになったのである。「追手」はやはり彼女なのだろう。 


 ピンポン!インターフォンが鳴る。何かが届く予定はない。予定が無ければ、インターフォンを鳴らすのは、私にとって有益な者ではない。宗教の勧誘とか、苦情を言いに来た隣の住人とか、新規電力会社のセールスとか、不吉な報せだ。「追手」かもしれない。ピンポン!ピンポン!無視した。五分後。インターフォンのカメラを覗いてみる。小さな画面に外の様子が映し出される。無論誰もいない、動くものは無い、死んだ映像。カメラの向こうに私はいない、妙な世界だ。

 私はこの部屋に居ないことになっている。部屋にも外にも居ない、この世の何処にも。であるなら、中々姿を見せない「追手」とやらに責任を取らされる心配も無いのだ。ようやく平穏が訪れた。今、この時だけは。


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