花はどこに?
王子とグラディス姫の結婚式の日取りが決まり、城下町はお祭りムードで盛り上がっていた。
結婚式が近づいてきたある日、再び、ルミアのところにグラディス姫からの手紙が届いた。
手紙には、またあの花が咲いていたら譲ってほしいということが書かれてあった。
「ええっ! どうして?! 」
花はグラディス姫に差し上げたから、もうない。
花を取られた茎に葉がついているだけだ。
「それに、姫様が花を飲み込んだから、ご婚約が成立して、もう必要ないはずなのに…?」
ルミアが不思議に思っているうちに、ルミアのところにイリ―が訪ねてきた。
「どうしてですか? 花をお渡しして、お姫様は王子様とご婚約できたじゃないですか」
「そうなのですが、姫様はこれから先も、王子がお心変わりしないか、不安になってしまって…」
「ご婚約できたのに、どうして不安なんですか」
「ご婚約されても、ご結婚されても、先のことが不安なのでしょう」
「そんな…。そんなこと言ってたら、キリがないじゃないですか」
「そうなのですが、姫様のご安心のためには、あの花が必要なんです」
「どうしてですか! お姫様はなんでも持ってるじゃないですか。身分も地位も、 綺麗な髪も肌も、美しいお顔も、気立ての良さも。そして王子様との未来だって…。
私には、こんな…、こんな荒れた手しかないのに…!」
「…なんとか、花を手に入れる方法はありませんか? 」
「そんなの…、ないですよ。これが最後の種だ、って…」
「そんな…。姫様は、このままでは…、死んでしまうかもしれません」
「え? どういうことですか? 」
「実は、未来を不安に思うあまり、姫様は臥せってしまわれたのです。食欲もなく、あの花だけを心のよすがにしています。
今、専門の医師を手配して、回復への治療を始めているところです」
「そんな…。でも、花は…、花はもう、ないんですよ…。それに、花はいつまでも咲いてるわけじゃない…」
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ルミアは、グラディス姫に会って、直接話をすることにした。
イリ―に連れられて城へ上がり、グラディス姫の部屋へと向かった。
「姫様、イリ―でございます」
イリ―はコツコツとドアをノックしてから、中へ入った。
ルミアが、イリ―と一緒に部屋へ入ると、か細い声が聞こえた。
「イリ―…? あの花は…? 」
窓のそばに置かれたベッドに、グラディス姫が枕に背をもたれかけて横になっていた。
大きなベッドの中で、グラディス姫の細い体がさらにか細く見える。
部屋の中には、素敵な純白のウェディングドレスが飾られてあった。
姫様はこれを着て、王子様と結婚するのだ。
ただでさえ美しい姫様が、このドレスを着たら、それはそれは綺麗だろうとルミアは思った。
「あ、あなたは…」
ルミアを見つけると、グラディス姫は目を見開いた。
「あなた…、あの花は? 花は持ってきてくれたの? 」
グラディス姫は、必死な様子で聞いてくる。
ルミアはグラディス姫のベッドへ近づいた。
「姫様、失礼いたします」
グラディス姫に近づくために、ルミアはベッドに腰かけた。
近くでよく見ると、グラディス姫の顔は青白く、髪の艶もなく、目ばかりが不安そうに大きく見えた。
そんな風にやつれてはいるけれど、初めて会った時と変わらず、美しかった。
「姫様…」
ルミアはそっとグラディス姫の手をとった。
手も青白く、指は折れそうなくらいか細かったが、まるで人形の手のように滑らかだった。
「姫様、私の手をご覧ください」
「手? 」
グラディス姫は、自分の手を握っているルミアの手を見た。
「ゴツゴツして荒れているでしょう。花屋は水を扱う仕事なので、手が荒れやすいんです。
でも、姫様の手はとても綺麗ですね。肌も滑らかで、日に当たって荒れてもいない。
イリ―さん、手鏡はありますか? 」
ルミアに言われて、イリ―が手鏡を持ってきた。
「姫様、ご自分のお顔をご覧ください。私は初めて姫様を見た時、こんなに美しく素敵な方がいらっしゃるのかと驚きました。
王子様のために美しく素敵でありたいと思うかぎり、姫様はきっとずっと、このように美しいままでしょう。
あの花はもう、どこにもありません。美しい花は、姫様のなかにこそあるのです。
どうかご自身で、ご自分の花を、咲かせてください…」
ルミアは両手でグラディス姫の手を包み込み、ぎゅっと握りしめた。
しばらくして、グラディス姫が口を開きました。
「……温かい。温かいわ、あなたの手は…」
今度はグラディス姫が、絹のように滑らかな両手で、ルミアの手を優しく労わるように包み込んだ。
「ありがとう…」
グラディス姫は、ぽそりと呟くように言った。