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花が欲しい人たち

  

 

 

 ルミアは花を飲み込まなかった。

 

 代わりに、日ごと大きく開いていく美しい花を、毎日愛でて楽しんだ。

 

 

 

 ある日、いつものように庭にいると、どこからか色とりどりの色を羽にまとった鳥が迷い込んできた。

 


 

「わあ、綺麗な鳥。どこから来たんだろう」

 

と思っていると…、

 

 

 

「お嬢様、こちらです。こちらのほうへ飛んでいきました」

 

 

 

 中庭の柵の向こうに、身なりの良い女の人が現れた。

 

 

 

「すみません。こちらにカラフルな羽の鳥が来ませんでしたか? 」

 

「その鳥ならあそこにいますよ」

 

 

 

 ルミアは鳥がとまっているエルダーの木を指さした。

 

  

「ああ、良かった。私どもの鳥なんです。籠に入れますのでお邪魔してもよろしいでしょうか? 」

 

「ええ、もちろんです。どうぞ」

 


 

 ルミアが裏の木戸を開けると、女の人は中庭に入り、籠を持ちながら片手でゴソゴソと餌を取り出した。

 

 

 

「さあ、おいで。あなたの好物よ」

 

 

 女の人は口先でチチチと鳴きまねをしながら、餌をちらつかせた。

 

 鳥はピクリと反応し、バサッと翼を広げると枝から飛び立ち、女の人の肩にとまり、餌をねだった。

 

 

 

「あなたの好物はここよ」

 

 

 女の人が籠の中に餌を入れると、鳥もつられて籠に入った。

 

 

 

「ああ、良かった。どうもありがとうございました」

 

 

 女の人はほっとして、ルミアに礼を言った。

 


  

「イリ―? 見つかったの? 」

 

 

 もうひとり、女の人が現れた。

 

 

 その人も身なりが良く、身のこなしも優雅で、被った帽子からあふれてる髪は艶があって美しく、垣間見える顔立ちは整っていて、気品に溢れていた。

 


 

(なんて綺麗な方…。この人たち、貴族のなかでも高位の方たちだわ…!)

 

 

 ルミアはさっと体を固くして、少し頭を下げていた。

 

 

 

「ええ、お嬢様。籠に入りましたよ」

 

「まあ、良かったわ。お邪魔してしまってごめんなさいね」

 

「い、いえ…」

 

 

 声をかけられて、ルミアは恐縮した。

 

 

 

「それじゃ、行きましょうか。イリー」

 

「はい…。! お嬢様! お待ちください! あの花は…」

 

 

 ふたりは、あの花を見つけて驚いていた。


 



 

 *************

 

 

 


「お願いします。どうかあの花を譲ってください! 」

 

  

「おふたりは、あの花のことをご存じなのですか? 」

 

 

「はい。あの花は、飲み込めば願いが叶うという言い伝えの花です。

 

 私どもはあの花のことを、古い文献で知りました」

 

 

 

「そうだったんですか。…私も最初は、願いを叶えたいと思ってあの花を育てました。


 でも今は、ただあの綺麗な花を、そのままに咲かせてやりたいと思ってるんです」

 

 

 

「そこをなんとかお願いします。お礼に宝石やお金を差し上げますから」

 

 

「でも…」

 

  

 

 こんなにこの花を必要としている人がいるなら、差し上げたほうがいいのだろうか…。


 

 ルミアが考え込んでいると、ふたりは顔を見合わせて頷き合った。 

 

 そしてふたりとも、被っていた帽子を外して、すっと腰をかがめてお辞儀をした。

 

 

 

「わっ…! 何をなさいますか! 」

 

 

 ルミアは驚いて声をあげた。

 

 貴族の方が、平民に礼をするなんて…。

 

 

 

「ご無理を申し上げて誠に申し訳ございません。

 

 実は、こちらのお方は、ひとつ山を越えた国の姫、グラディス様でございます」

 

 

 

「えっ。今、王子様の婚約者候補として、お城に滞在している…? 」

 

 

 

「はい。グラディス様は今、王子様と親睦を深めつつあり、王子様もグラディス様を気にかけていらっしゃいます。

 

 ですが、人の心は移ろいやすいもの。グラディス様は、両国の関係のためにも、王子様との絆を確かなものにしたいとお考えなのです」

 

 

 

 グラディス姫も口を開いた。

 

 

 

「私は…、王子をお慕いしております…。王子も今は、私と同じ気持ちでいてくださるようです。

 

 でも不安なのです。あんなに素敵な王子が、いつまでも私を大切にしてくれるのかと…」

 

 

 

 こんなに綺麗で素敵なお姫様なのに、不安になるのね…。

 

 王子様の話を聞きながら、胸がチクリと痛んだルミアは、心の中でそう思った。

 

 

 

 

 あの花を飲み込めば、お姫様の願いは叶う…?

 

 

 

 ルミアは綺麗に咲いている花を見た。

 

 この花は、このひとつしかない…。

 

 

 

「ちょっと、考えさせてください…」

 

 

 

 ルミアがそう言うと、ふたりはまた顔を見合わせて、こくんと頷いた。

 

 

 

「どうか、花が咲いているうちに、お願いいたします」

 

 

 

 ふたりは丁寧にお辞儀をして帰っていった。

 

 

 

*********

 


 

「ルミア。あんたにお届け物だよ」

  

「はーい、女将さん。今行きます。何だろう? 」

 

 

 

 自分に何か送ってくるような人はいただろうか?

 

 田舎の家族も、家を出てからは手紙のやり取りくらいで、何か送ってくるようなことはないし…。

 

 

 

 自分の部屋で、届いた小さな箱を開けてみると、中にはルミアが見たこともない綺麗な宝石のブローチが入っていた。

 

 


「ええっ! 何これ?? 何かの間違いじゃない? 」

 

 

 

 宝石と一緒に入っていた手紙を読むと、差出人はグラディス姫だった。

 

 花をお願いしますといったことが、つらつらと書かれていた。

 

 

 

「ど、ど、どうしよう。こんな高価なもの…」

 

 

 

 とりあえず、ルミアは宝石を引き出しにしまった。

 

 

 


 届け物は毎日のように届いた。

 

 指輪だったり、ペンダントだったり、食べたことのないお菓子やチョコレートだったりした。

 

 

 そして花のことについてのお願いの手紙が、必ず一緒に入っていた。

 

 

 

(お姫様は、こんなに不安なんだ…)

 

 

 

 咲いた花は、そろそろ咲ききってしまおうとしていた。

 

 もうじゅうぶん花の美しさを楽しんだし、この花ひとつでお姫様が救われるなら…。

 

 

 

 ルミアは決心した。

 

  

 

 手紙には、お城の門番には話を通してあると書いてあったので、ルミアは摘んだ花を箱に入れて、お城へと届けた。

 

 


 

 

 やがて、王子様とグラディス姫のご婚約が決まった。

 

 城下町はそのお祝いで、盛り上がっていた。

 

  

 

(良かった。やっぱりあの花は、願いを叶える花だったのかな。

 

 もし私があの花を飲み込んでたら、どうなってたんだろう…)

 

 


 そんな風に思うけれど、グラディス姫の気品と美しさを思い出しては、自分の荒れた手と比べて、首を振るのだった。

 

 

 


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