三人娘と来たる老紳士
「お姉ちゃん!おはよ〜〜!お客さんきてゆよ〜!」
ベルちゃんの少し舌足らずで元気な声で目が覚める。
「ん…お客さんていってたな。あ〜、ひょっとして」
軽く身支度して下に降りると
「お、おはよう!姉ちゃん!」
「おはよう、お姉ちゃん」
昨日、食堂街で出会い採取の仕事を頼んだテトくんとミハちゃんが挨拶してきた。
「おはようございます。テトくん、ミハちゃん、ひょっとしてもう採取してきてくれたの?」
「うん!」
「こ、これ」
2人は下に置いておいた草の束を持ち上げる。
「 確認させていただきますね」
草の束を見る。
黄色くて小さい花キキロサを集めてきてくれたようだ。
「キキロサを集めてきたのですね」
「う、うん…どうかな?」
集めてきたのは全部で4束で40本。
そのうち38本がキキロサだった。
「この2本はキキロサではありませんね」
「えっ、同じじゃないの!?」
「よく見てください、よく似ていますが花びらの数が違いますよね。これはモドキキロサと呼ばれる花なんですよ」
俗に言うモドキといわれるものだ。
「本当だ…キキロサは5枚なのにこっちは6枚だ」
「ちがうね…コレじゃダメだよね?お姉ちゃん」
ミハちゃんが不安そうに聞いてくる。
「ダメではありませんよ。コレはこれで使い道のある草ですからね」
主に毒薬の材料になるようだ。
4束だから銀貨2枚。テトくんとミハちゃんに銀貨1枚づつ渡す。
嬉しそうに銀貨を握りしめる2人。
「ありがとうございます助かりました。またお願いしますね」
2人の頭を撫でながら労う。
顔を赤くしてもじもじ、くねくねと身体を揺するテトくんとミハちゃん。
「つ、次はどんな草を取ってきたらいいの?」
ミハちゃんが上目遣いで聞いてきた。
「そうですね…ポポナあたりがいいですかね。覚えていますか?緑の穂をつけた草」
「おぼえてる!」
テトくんは覚えているようだ。記憶力がいいのかもしれないな。
「では次はポポナを中心にお願いしますね」
「まかせて!」
「うん!」
2人は手を振りながら宿を出ていく。
「ベロアさん、お騒がせして申し訳ありませんでした」
後で見守るように見ていたベロアさんに謝罪をしておく。
「いいんですよカエデさん。あの子達に仕事を与えてくれたのでしょう、むしろ感謝したいくらいですから」
ベロアさんも孤児の存在を気にかけていたらしい。
でも自分達の生活で手一杯だったそうだ。
「私も善意だけではありませんから」
「ふふ…そんなの商人なら当たり前ですよ」
善意だけでは商売は成り立たない。
でもグレーやブラックではなく、なるべくフェアトレードにしたいと思いながらの朝食だった。
×
「おはよう、カエデさん」
中央広場につくと2日ぶりのダグさん。
相変わらず来るの早いな。
「おはようございます。ダグさんはよく休めましたか?」
「ほっほ、かみさんと四六時中酒を飲んでたわい」
奥さんとの仲は良好なようでなによりです。
「カエデさんは日の日は露店かの?」
「はい、少しは売り上げました」
「ほっほ、それはよかったのう」
そういえばダグさんに聞きたいことがあるんだった。
「ダグさんは中央広場以外で露店はしないのですか?」
「中央広場以外での…若い頃は色々な所で露店を開いたがの、結局ここが安定しているとわかってからはここ中央広場一筋だのう」
ダグさんにどこで露店を開けば何が売れやすいのかを聞いていると…
「あなたがカエデさん?」
声をかけてきた人はモミジの時に出会った4級冒険者のシルファさんだった。
後にはアタリアさんとソニアさんもいる。
「はい、そうですが」
知らないフリをしないと
「ふぁっ!綺麗な声!」
俺の声を聞いてビクッとするシルファさん、アタリアさんとソニアさんも少しビクッとした。
「あっ!えっとね…私はシルファ、お兄さんに妹さんが露店をしてるって聞いて来てみたんだけど聞いてない?」
けっこう義理堅い人達みたいだな。
「兄はいつもふらふらしていますのでここ数日は合っていないんです」
モミジはそういう設定にしておく
「あ〜…そうなのか、アタシは4級冒険者のアタリアよろしくな。商品見させてもらうぜ」
「同じくソニアです。私も見させてもらいますね」
アタリアさんとソニアさんが前進してきて商品を見始める。
「わ、私も見る!ってナードベリー味!?」
やはり味付き薬水は好評である。
興味を引けたら次は味見だ。
「ナードベリー最高!」
「いやいや最高はナードレモネのさっぱり感だろ」
「アクグレプの品のある甘さ、最高です」
3人とも薬水をお買い上げ銀貨18枚。
俺としてはもう少し味を増やしたいのだが…
そうだ今度、市場を見てみることにしよう。
「こんなに美味しい薬水は初めてだよ。モミジさんはすごい魔導具師でカエデさんはすごい薬師なんだね」
「ありがとうございます」
上手い具合に誤解してくれた。
こらからはモミジは魔導具系が得意。
カエデは薬系が得意という分業制にしていくつもりだ。
「あの、この麻袋に入っている物はなんですか?すごくいい香りがするのですが」
「お〜確かにいい香りがするな」
ソニアさんにアタリアさんもお目が高い。
「そちらは新商品の石鹸です、その香りには魔物除けと虫除けの効果があるんですよ」
材料に使った白い花ホワイティルと赤い花クリムルルの成分を混ぜ合わせたのが[香り石鹸]。
「魔物除けが効くのは低級の魔物くらいまでですがね」
「いえいえ、それでも十分助かりますよ!特に虫除けは素晴らしいです!買います!」
ソニアさんが興奮している。…虫が嫌いなのかもしれないな。
なら念の為に作っておいたこっちはどうだろうか…
「でしたらこちらの[香り洗髪剤]もどうですか?香りもありますし、さらさらになりますよ」
シャンプーである。
「さ、さらさら…か、髪専用の石鹸なんてあるんですね」
使用方法も説明していく…
「…か、買ってみます。試してみたいわ」
ソニアさんは美容に興味があるようだ。
それから3人は解毒薬に麻痺治療薬、魔力飴などを買ってくれた。
やたらと羽振りがいい、たぶん遺跡探索が上手くいったのだろうな。
4級冒険者[白い羽]の総額 銀貨44枚。
「ありがとうございました」
「あ、あのさカエデさん、最後に聞いておきたい事があるんだけど…」
シルファさんが少しもじもじしている。
「お兄さん…モミジさんの顔ってどんな感じなの?」
また意外な質問が飛んできた。
どんな顔って…俺も知らない、見たこと無いのですから。
でも予測はできる…きっとイケメンだろうなと。
「兄の顔と言われましても…当たり前すぎてどう説明したらいいか…」
「え〜〜…」
「こらっ、カエデを困らせんなよな」
アタリアさんに引きずられていくシルファさん。
「カエデさん、お兄さんにお伝えくださいませんか?古代遺跡でけっこうな数の魔導具を見つけたのですが、私達では使い方がわからないので調べてもらえませんか?私達は一週間ほどあの宿でゆっくり過ごしています。と」
「わかりました。兄にそう伝えます」
ソニアさんが先に行った2人を追うように去っていく。
しかし、魔導具か…興味あるな。
暇ができたら行ってみるとしよう。
×
夕暮れ時
そろそろ閉店である。
「もう閉めるかのう」
「そうですね」
今日はダグさんの露店は絶好調でけっこうな客がきていた。
流石は熟練露天商だ。
俺の方はあれから昨日来た子供がまたおやつ感覚で魔力飴を一粒買っていっただけであった。
「今日はもう……」
そう言いかけたとき突風が吹いたかと思ったら…
目の前に老紳士がいた。
整えていた髪は乱れており、ピシッとしたスーツは所々破けている。
腰には装飾の施された剣を下げていた。
肩で息をしておりかなり疲れているようだ。
「素材…集めてきたぞ…」
高級そうな革袋を差し出してくる。
「えっ!?昨日の今日でですか!?」
革袋の中を確認する。
[魔石[大]に[龍の瞳[低級]に[夜の雫]…全部ある。
「薬の生成はいつまでかかる…?1ヶ月か?1年か?」
老紳士の言葉には必死さを感じる。
「えっと…明日の朝にはできるかと」
正確に言えばこの場ですぐにでも…だけどそれはしない。
「………明日……ふふ、ふふはははっ!本当に規格外なのだな!お嬢さんは!では明日の朝に取りに来よう!」
老紳士は笑いながら去っていく…
隣のダグさんを見ると、もう開いた口が塞がらない感じである。
「ダグさん…あの方のこと知っているのですか?」
「……世の中はの、知らん方がいい時もあるの」
なるほど…それほどの老紳士ってことか。