鋼の巨人と魔法の拳士
「バンダナコミック 縦スクロール漫画原作大賞 メカ・ロボット編」応募作品
……その日、ふたたび『外郭』を破り、侵略者は現れた。
絶叫にも似た甲高い音が空気を震わせ、その地にいた人々を恐怖させた。
それは空間が引き裂かれる音。この世界を守る外郭が、望まざる訪問者によって蹂躙される音だった。
外郭を破られた地域は城塞都市アパンザにほど近かった。クロン大陸西岸にある、中規模の都市である。この地は外郭が薄く、はるか昔から「転生者」が流れ着く場所としても知られている。ゆえに、同じ世界からやってくる侵略者にとって、この地は攻めやすい。
アパンザの「監視機構」支部は、それを観測するや、直ちに市民に対して退避を宣告した。防衛戦が発令され、兵士たちは訓練したとおりに城塞を徒歩で駆け上がり、要塞砲の準備をする。
要塞砲は火薬により鋼鉄の弾丸を打ち出す、野蛮な兵器だ。かつてこの世界を訪れた「転生者」たちが伝えた科学技術に基づき開発された。アパンザには四門の要塞砲があり、訓練された兵士たちが、その操作を担当している。
この世界に元々存在する剣や弓矢など、侵略者には通用しない。
一方で、魔法使いの一団は整然と自分の持ち場に向かう。あるものは伝統的な箒に乗り、あるものは召喚獣の背中に乗り、城塞の上空へ。それぞれの守る位置は魔道幾何学に基づき配分され、それぞれの魔力を補い、相乗効果が発揮できるような形を保っている。
かつてこの地で行われた貴族同士の戦争であれば、マギ個人の魔法と才覚で戦場の趨勢を決めることもできた。だが侵略者に対して、マギ個人の魔力など効果が薄い。
現代のマギは、チーフの号令の下に、侵略者に対して組織的に魔法を投射する。古き良きマギたちが嘆くように、今のマギに個人主義者など必要とされない。
兵士たちが準備の完了を「監視機構」の司令部に伝える。
マギの長は侵略者の姿をとらえ、戦力と距離を推測し、司令部に報告する。
「閣下!」騎士団長は、現地の指揮官たるメルビス伯爵に告げた。「マギより報告です。侵略者にヒトガタ2体を確認したとのことです!」
その言葉に、司令部に緊張が走った。
ヒトガタ。鋼の巨人のことである。
かつて侵略者たちは、さまざまな兵器でこの世界を蹂躙しようとした。ある時は戦車と呼ばれる鋼の車で、またある時はヘリコプターと呼ばれる金属の蜻蛉で。
だがこの地を生きる人々は強かであった。
戦車であれ、ヘリコプターであれ、内燃機関が無ければ動かない。魔法を用いてその機構を停止させる方法が発見され、たちまち脅威ではなくなった。
侵略者の銃も、大砲も、単独では怖くない。火薬の化学反応を停止させる魔法の開発は、戦場を変えた。
だが侵略者たちも愚かではなかった。自分たちの世界の理が通用しないことを悟ると、彼らはこの世界の理を利用した。
すなわち、魔法を使う侵略者の出現である。
そして、彼らの最強兵器・ヒトガタが出現した。
内燃機関を止められないようにするための反魔法防御装甲、魔法を攻撃手段として使うための手と足。そして各所に備え付けられた銃火器。攻防兼ねそろえた、全長二十メートルの動く要塞。鋼の巨人。
今回の侵略者側の行動は、偵察などではない。
本格的に、アパンザを破壊するつもりなのだ。不安の声が伝染するかのように司令部に広がっていく。
メルビス伯爵は立ち上がり、檄を発した。
「臆するな! 我らには転生者がいる! 過去、数え切れぬほどヒトガタを打ち負かした転生者・ハルトがな! ヤツに準備をさせろ!」
命令に従い、一人の伝令が司令室から走り出した。
アパンザの中心部。監視機構の司令部にもほど近い位置に、一軒の家がある。
ただ一軒だけ。それも、この世界の伝統的な家ではない。転生者たちの世界に存在するという文化住宅と呼ばれる家に近かった。周囲にはごく狭い庭と、そのさらに周囲を取り囲む高い壁がある。ここはまるで牢獄のような――いや、牢獄そのものなのだろうか。
家の中では、一人の若者と、少女が昼食を取っていた。
若者は、中肉中背、この世界ではあまり見かけない黒い髪を、短く切りそろえた髪型をしている。鍛えられた肉体をしているが、この世界の男性として見れば平凡な体躯だ。露出した素肌からは、入れ墨された紋章がうかがえる。肉体を魔法で強化しているようだ。
彼はテーブルに座り、呆けた顔でカップからスープを飲んでいる。
対面に座る少女はといえば、まったく色気のない毛玉だらけの服に身を包み、少年と同じスープを飲んでいる。その服は、異世界では「ジャージ」とか呼ばれているようだ。年齢は、人間であると仮定すれば15歳くらいであろうか。だが、そのとがった耳と、縦に裂ける瞳孔は、彼女が人間ではない何かであることを示している。
少女が沈黙を破った。フンと、何かつまらないものを見たかのような表情だ。
「ハルト。気が付いたか?」
「はい師匠。出番でしょうか?」
果たして、家を取り囲む壁に唯一設けられた門が開き、メルビス伯爵の伝令が姿を見せた。
「あの格好、なんとかならんのかの」少女が窓から外をのぞき見、つぶやく。「貴族の威厳のためとかなんとか言うて、重いだけで役に立たぬとわかった鎧を脱ごうとせぬとは。見ているだけで暑苦しい」
伝令は家の玄関をくぐり、二人のいるリビングに踏み入った。鎧の重量のせいか、息は荒く、肩を上下させている。
「伝令ご苦労。喉は乾いておらぬか? よく冷えたムギチャがあるが、飲んでいくか?」
伝令は首を振り、背筋を伸ばし敬礼をするや、こう言った。
「転生者・ハルト殿! そして背教者アルビナに、メルビス伯爵からのご命令をお伝えします! ヒトガタが本都市の城壁に近づきつつあり! 直ちに装備を揃え、戦闘配置ゼロ位置に出動せよとのことです!」
「ご苦労じゃのう。そら、ムギチャじゃ」
少女は薄茶色の液体で満たされたグラスを伝令に差し出した。いっぽう、ハルトはリビングの隅にあるクローゼットに向かってしゃがみこみ、何かを取り出そうとしている。
「あのぉ、聞いていただけましたか? 伯爵の……」
ヘルメットのバイザーを上げて、伝令は不安そうに尋ねた。
「ああ? わかっておる。懲役中のワシらに、ヒトガタ、ゼロ位置出動以外の命令が来るわけがなかろう。こんな仕事をマジメにするおヌシも、ご苦労なことじゃの」
「本官の唯一の出番ですので」
伝令はグラスを受け取り、ごきゅごきゅと音を立てて飲み干した。
「こんなことを伝えるなら、通話貝を使えば早いであろう。前にも申請したがの」
アルビナは問う。通話貝とは、この世界で普及した通信手段である。決まった相手としか話ができないが、巻貝に仕込まれた魔法により、お互いの声を伝達できる。一秒のタイムロスもなく会話ができるので、貴族や政府機関では広く普及している。
確かに、それがあれば伝令をわざわざ送る非効率は改善できるだろう。なぜそれが許されないのか。その質問の回答はアルビナ自身も知っていた。
伝令は濡れた口をぬぐい、申し訳なさそうに答えた。
「囚人に通話貝の所持を認めるのは困難です。一時釈放の手続きも、自分が看守に書類を提出して行っていますので」
「ああ、そうじゃ。そうじゃったの。下らん質問をしてしまった。ほら、ハルト行くぞ。出動だそうじゃからな」
その言葉が終わる前に、ハルトはアルビナと呼ばれた少女の身体を抱え上げ、走り出した。彼は黒色のプロテクターを装着している。「マギ殺し」の標準装備だ。
壁の門は開かれ、二人が通過するのを待っていた。だがハルトはそれを無視して、壁そのものに向かって走る。高さは10メートルはあるであろう絶壁を、ハルトは難なく垂直に駆け上がり、飛び越え、アパンザの街へとダイブした。
家に一人残された伝令は空のコップをテーブルに置き、独りごちた。
「こんな壁なんてひとっ飛びだっていうのに、囚人のままなんて、あの二人も律儀なんだよなぁ……」
住宅地を抜け、スラムを抜け、職人通りをショートカットし、ハルトは駆ける。石造りの灰色の街並みに人の姿は見られない。ほとんどの人は、地下の避難所に移動済みなのだろう。稀に、退避の遅かった人が二人の姿を見かけ、驚愕の声を上げた。常人から見れば二人の姿は人の形をした竜巻のようなものだ。
「ハルト」そろそろ城壁が近いという場所まで来て、アルビナが声を上げた。「そろそろ降ろせ」
そして降ろされるや、アルビナはふらふらと頭を振り、両手で自分の頬を叩いて気付けをする。ついでにハルトを振り返り、やっぱり両手で彼の頬をはさんで叩く。
「ちょっ!? 痛い! 痛いよ師匠」
「やかましいわ。お前は若いだけあって足は速いが、ワシのことを乱雑に扱い過ぎじゃ。戦う前に乗り物酔いで死ぬるわ」
「じゃあ、どうすればいいんです?」
「もっとゆっくり走れ。跳ねるな。それからスライディングもなしじゃ」
「えー? じゃあ師匠をボール代わりにして一人でパスするのはいいんですか!?」
「あれは最悪じゃ! 過去3回やって3回厳禁にしたじゃろ! いまさら許可するものか!」
「でもでも、他の方法じゃ、多分間に合いませんよ。だいたいいつも、連絡が来るのが遅すぎるんですよ」
「ああ? わしらの出番なんて、他の奴らが退却してからがヤマじゃ。間に合うたとしても、邪険にされるだけじゃ」
アルビナがそう言った瞬間、城壁から耳をつんざく砲撃音が聞こえた。敵が要塞砲の有効射程に入ったのだろう。四つの要塞砲が、次々に鋼鉄の弾丸を撃ち出している。マギたちの詠唱がひとつのメロディとなり、魔素が虹色に空を彩る。
侵略者。すなわち異世界人の兵器に対抗する手段は、すでにこの世界で一つのドクトリンを成している。
異世界人の兵器に、攻撃魔法は効果が低い。あくまでも主要な攻撃手段は要塞砲である。
ヒトガタといえども、要塞砲の一斉射撃を受ければ無傷では済まない。
だが異世界人は、装甲板に魔法の文様を刻み込み、要塞砲の弾道をそらし、あるいは装甲を強化する対抗策を取っている。文様は表面積の大きさに比例して効果が高まる。ヒトガタが20メートルもの巨体となった理由は、この利点を得るためであると推測されている。
マギたちは要塞砲の攻撃に合わせ、ヒトガタの防御兵装の「解呪」を試みる。
防御兵装に穴ができたら、要塞砲はその穴に向けて砲撃し、ヒトガタの破壊を試みる。
ヒトガタとて、おとなしく倒されてくれるわけではない。要塞砲とマギの連携の隙を突き、制圧を試みる。
お互いの防御手段、攻撃手段を削りあう消耗戦の果てに、耐えられなくなった側が敗北するのだ。
城壁の向こうで何かが爆発する気配があり、火柱が上った。兵士たちの歓喜の声が聞こえる。
「あれは、ヒトガタがひとつ撃破されたのかの?」
アルビナは白けた顔をする。
「なんじゃ、これならワシらの出番はないかもな。帰って昼寝が吉じゃ」
「師匠、すくなくともヒトガタ撃退までここにいないと、刑期が短縮されませんよ」
ハルトは師匠の肩をつかんで止めた。アルビナといえば、子供のように頬を膨らませる。
「面倒じゃのう」
その直後、要塞砲のひとつの形が崩れ、潰れ、爆音とともに弾けた。火薬が誘爆し城壁の一部が消し飛んだ。光の線が空を焼き、マギの一人が燃え上がる。マギのチーフは、部下たちに地上への退避を命令した。何か、想像していなかったことが起きている。
「なんだ今のは?」
メルビス伯爵は叫んだ。
ヒトガタの一体から放たれた光が、要塞砲のひとつを粉砕し、マギの立体魔法陣の一角を焼き切ったのだ。司令部の誰も、あの光が何なのかを把握していない。
マギのチーフからの状況報告が、通話貝を通じて届く。
『あの光は、高熱を放っています。まるで太陽の光のようです!』
「うへぇ、なんじゃこの水は!」
アルビナとハルトは全身ずぶぬれになっていた。雨でもないのに、大量の水が二人に降り注いだのだ。
「師匠、これは防火水ですよ。ほら」
ハルトが指さす先には、半分割れた大きな木の樽がある。さっきの爆発で飛んできた破片が、樽に突き刺さり、中に入っていた水を噴出させたようだ。
「防火水? 火事に備えて、蓄えておく水のことか。なんでそんな位置に破片が飛んでくるのじゃあ」
はっくしょん、とくしゃみをするアルビナ。彼女の鼻を、ハルトは拭いてやる。
「ああ、すまぬのぅ」濡れた髪をかき上げて、アルビナはつぶやいた。「さっきヒトガタが放った武器は、ワシが思うに、あれじゃな。あれ、そう、あれじゃ!」
「ボケましたか、師匠?」
「ボケは余計じゃ。そうじゃ、さっきの光はれーざーびーむという武器じゃな。火薬を使う武器は封じられると読んで、奴らは光の武器を使いおった」
「どうしましょうか? 光を避けるなんて俺できませんよ」
「まずは、ちょっとつついてみるか。ハルト、馬になれ」
「はい!」
ハルトはアルビナを担ぎ上げ、自分の肩の上に乗せた。
「ワシらの元々の戦闘配置はゼロ位置、つまり正門じゃ。そこまで行け。ヒトガタの出方を見て作戦を練ろう。そら!」
ハルトは大通りを抜けて正門の通用口をくぐった。
その向こうは街の外、そして戦場だった。
ヒトガタは報告通り二体。
一体は要塞砲とマギたちの集中砲火を受けたためか、城壁から離れた位置で上半身を失って擱座している。
だがもう一体は健在。ほぼ無傷のまま、城壁に接近しつつある。
「あのヒトガタは前に見たのと同じじゃの。装甲が厚い代わりに短足で、遅い奴じゃ」右手の指で魔法のレンズを作りヒトガタを観察した後、アルビナはそう分析する。「前と違うのは、肩についた大砲か……一つだけじゃが」
「俺が知る限りじゃ、ああいう武器は一発撃ったらしばらく充電の時間があるはずです」
アルビナの下でハルトが言った。
「ジュウデン? それは何じゃ?」
「充電というのは、次の攻撃をする準備のことです」
「強力な武器じゃが、ポンポン撃てるわけではないのじゃな」
「はい」
ハルトがそう答えた直後にヒトガタのレーザーキャノンが眩い光を放った。その光は、要塞砲のひとつをとらえ、また爆散させた。城壁を構成する石材が細かい礫となって、市街地に降り注いだ。
「さて、一発撃ってくれた。今がチャンスというヤツじゃ」アルビナはハルトから降りると、彼の尻を叩いた。「行ってこい! 支援の手回しはワシがやっておく!」
ハルトはヒトガタに向けて駆けだした。
魔法を用いる拳士、すなわち「マギカプギル」は、特殊なマギである。
彼らは肉体に刻んだ魔法紋を起動させ、肉体を強化し、詠唱も必要としない。射程距離は極度に短く、相手に直接手を触れなければ魔法を行使できない。
代わりに、使用した魔法を解呪されることはない。いかなる魔法防御も無効。必ず、自分の発動した魔法だけが有効となるのだ。
要塞砲の砲撃主たちは、ヒトガタに向かって走るハルトの姿を認め、砲撃を中止した。ハルトに出動命令が出ていることは、伯爵から連絡が入っていた。
「あんなヤツがヒトガタを撃破できるとは、信じられん」
兵士の一人がつぶやく。もう一人が応じた。
「前の戦いは見ただろ? 今回も大丈夫さ」
また一人の兵士が言う。
「でも、ハディの街を破壊したのもアイツだっていうじゃないか! アパンザはヒトガタじゃなくて、アイツに滅ぼされるかもしれないぞ」
ヒトガタは接近しつつあるハルトを感知した。腰部にある小型の機関砲が起動し迎撃態勢に入る。だが、機関砲は虚しく空回りするばかりで、一発の銃弾も発射されない。
マギのチーフは城門の上に立ち、部下のマギに対して号令した。
「よし、いいぞ! 効いているようだ! ハルト殿の戦いが終わるまで、ヒトガタの小火器を封じ続けろ!」
マギたちは印を結び、呪文を唱え続けていた。「発火阻止」の魔法である。一人二人では効果が薄いが、集団で行えば、たとえヒトガタの身体に魔法防御が存在しようと、小火器くらいなら止めることができた。
アルビナは、そのチーフの隣に立って戦況を眺めている。彼女はチーフに声をかけた。
「すまぬが、お主の通話貝を借りられぬか? 伯爵に話がしたいのじゃ」
ハルトはヒトガタの足元にたどり着いた。ヒトガタはハルトを踏み潰すべく、足を持ち上げた。その瞬間、ハルトの身体に描かれた魔法紋が光を放ち、フル起動する。
ヒトガタは地面を踏みにじったが、ハルトはもうそこにはいない。
地面をサーチするヒトガタ。その眼前に、魔法拳士は跳躍している。
「いやぁ!」
ハルトは渾身の気合とともに空気を蹴り、その反動でヒトガタの顔面に足刀蹴りを決めた。衝撃でヒトガタの上半身がのけ反り、後ろに数歩下がる。
ヒトガタの重量は120t、ハルトの体重は80㎏にも満たない。
だが、魔法紋で重力を操るハルトに、質量の差など大した意味を成さなかった。
ヒトガタは手を振り回してハルトを叩き落そうとするものの、空気を蹴り、木の葉のような機動を可能とするハルトにはかすりもしない。逆にハルトはヒトガタの右手の小指にしがみつき、身体をひねった。その衝撃をヒトガタは体重では吸収できず、転倒させられてしまう。
「おお!」
マギ・チーフが驚嘆の声を上げる。彼女がハルトの戦いぶりを見るのは初めてではない。それでも、20mの鋼鉄の巨人を、人間が転倒させて見せるこの光景は、興奮するしかなかった。このような魔法が使える人間は、魔法拳士をおいて他にない。
「アルビナ殿! すごい人間を弟子にしましたね!」
彼女はアルビナを振り返る。だが、いたはずの位置にアルビナはおらず、代わりに上から液体が滴り落ちてきた。
「これは水? アルビナ殿?」
見上げれば、何か巨大な、水が滴る物体が空に浮かんでいる。そしてアルビナの声が、そのさらに上から聞こえた。
「ワシはここじゃ。さっきお主から借りた通信貝で、伯爵から許可をもらうことができたでの。ワシはこれをヒトガタめにぶちまけてやるわ」
「アルビナ殿? なんですか、その大きなものは?」
「防火水を入れる大樽じゃ。まぁ、見ておれ」
アルビナと大樽は、ヒトガタの上空に向かって飛んで行った。
ハルトとヒトガタの攻防は続いていた。ハルトがいかに強い魔法拳士であろうとも、鋼鉄の装甲を拳で貫通するのは難しい。だからこそ、ハルトの目標は決まっている。
ヒトガタの繰り出すパンチを回避し、ハルトは相手の懐に飛び込む。そして、装甲に描かれた防御魔法の紋様に拳を撃ち込んだ。紋様を形成する線の一つが砕け、消えてゆく。
紋様は、侵略者側についたマギが魔法をかけたときに形成されたものである。もっと強い魔法で衝撃を与えれば、消すことができる。紋様が半分以上消えれば、魔法も無効にできるのだ。
ヒトガタがハルトに手を伸ばす。ハルトは次の攻撃を撃ち出すのを諦め、いったん離脱した。ヒトガタが大人しく解呪を許してくれるわけはない。何発も撃ち込まなければ紋様を消すことはできず、対して、ヒトガタの攻撃が直撃すれば、ハルトは一撃で倒されてしまう。
ヒトガタの防御魔法を半分でも無効化すれば、あとは要塞砲の餌食だ。ハルトが一人で全部やる必要などない。とはいえ決して楽な戦いではなかった。
ヒトガタの動きが変わった。紋様の一部を破壊され、その脅威を認識したのだろう。
鋼の両手が器用に動き、印を結び、呪文の詠唱が聞こえてくる。ヒトガタの顔面に設置されているスピーカーが呪文を唱えているのだ。
敵が人間なら、魔法拳士は詠唱を許さない。呪文を唱えようと何をしようと、拳で制圧してしまう。だが、鋼鉄のヒトガタの詠唱を止めることは不可能に近い。
果たして、竜巻の魔法が唱えられ、ヒトガタの周囲に強風のバリアが形成される。ハルトは距離を取った。
竜巻が消滅すると、ヒトガタは次の魔法を唱え、拳で地面を打った。地面に亀裂が入り、衝撃波が地面を伝い、ハルトを襲う。
「あれは、地走りの呪文か?」
マギ・チーフはヒトガタの使った業に目を見張る。
地走りは敵を攻撃しつつ肉体を捕縛する魔法だ。今までこの魔法が使えるヒトガタは報告がなかった。侵略者の学習と技術の進歩には、底がない。
ハルトは跳躍し、地走りを回避した。この呪文は当たれば厄介だが、空中にいる相手には何もできない。呪文詠唱の隙を見て、ハルトは再び空気を蹴り、間合いを詰め、一気に襲い掛かった。ハルトが一撃を繰り出すたびに、ヒトガタの腕、脚、胴体に刻まれた紋様が破壊されてゆく。紋様を彩る魔素が輝きを失い、防御魔法の破壊に成功したことを、ハルトは知る。
あとは、要塞砲に任せていい。ハルトは踵を返し、ヒトガタから遠ざかった。だがその刹那、ヒトガタの肩に装備されたレーザーキャノンが甲高いハム音を立てた。充電が完了していたのだ!
ハルトの肉体がレーザーの餌食になるかと思われた次の瞬間、上空から何かがヒトガタに向かって撃ち込まれる。少女の声が、ヒトガタを挑発した。
「お前の相手はこっちじゃ! ポンコツめ!」
ヒトガタのモニターは上空をスキャンし、そこに巨大な円筒の物体と、その上にいる少女を捉えた。水の詰まった大樽と、その上に乗ったアルビナだ。だが、アルビナが撃つ魔法は、大樽の水を利用した氷の嵐の魔法に過ぎなかった。
攻撃魔法はヒトガタにとって、脅威ではない。大量の雹をぶつける氷の嵐は、人間相手なら恐ろしい魔法だろうが、ヒトガタには無意味だ。
ヒトガタの操縦者は、地上を走るハルトに向けてレーザーキャノンの照準を合わせた。あの魔法拳士が、以前にも味方のヒトガタを破壊したことを、彼は知っていた。
今ここで奴を葬れば、残りの戦力など程度が知れている。
発射トリガーが引き絞られた。
「水よ! 水よ! 霧となれ!」
アルビナは呪文を詠唱した。氷の嵐の魔法によって、ヒトガタの周囲には砕けた氷が漂っていた。そのすべてが、瞬間的に蒸気となり、大気をけぶらせた。
レーザーキャノンの光は霧により進路を阻まれ、目標をそれて地面に当たった。正門近くにある石畳が瞬間的に熱され、溶けた。だが、それだけだった。
「発射!」
要塞砲の砲撃主が叫ぶ。ヒトガタに次の攻撃を許すつもりなどない。残った二門の要塞砲が火を噴いた。すでに防御魔法を失っていたヒトガタは、あっけなく装甲を貫通され、火を噴きながら倒れた。
再び、アパンザの街は防衛戦に勝利した。兵士たちと、マギたちが歓声を上げて勝利を祝う。
その人波を避けて、ハルトは家路につく。アルビナが空から降りてきて、彼と並んで歩いた。
「師匠。勝ちましたよ」
「そうじゃな」
日は傾き、街はオレンジ色に染まる。もうすぐ夜になるだろう。
勝利したというのに、ハルトは何も嬉しそうではなかった。
ヒトガタが、彼の属していた世界からの侵略者だと知っていたからだろうか。
それとも、彼とアルビナが、まだ囚人に過ぎないからだろうか。
やがて街の中心部まで来ると、数人の兵士たちが二人を待ち構えていた。
「お役目、ご苦労様でした。伯爵はお喜びです」兵士の一人が言う。「今回のご活躍により、あなた方の刑期が50年短縮されました」
「そうかの。それで、刑期はあと何年なのじゃ?」
アルビナがそう聞くと、兵士は慇懃に答えた。
「残りの刑期は、842年となっております」




