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味がしない。

どういう事だ?意味が分からない。

自殺する前に摂った高級ステーキは味がしたのに、母が作った致死量の砂糖が盛られた卵焼きは、口に入れても味がしなかった。

明らかに可笑しい。

何回と、何百回、何千回、何万回食べた母の味を、この俺が忘れる訳がない。

なのに、味がしない。



 「…ご馳走さま」 

俺は味がするであろう卵焼きを素早く咀嚼し飲み込んむ。

直ぐ様ご馳走さまをした。

俺の皿にはまだ、鮭、卵焼き、味噌汁、白米、冷奴、きんぴらと家庭科の教科書に載ってそうな料理がたくさん残っているのに…。

ああ…我が家の家訓3番目に反する行為をしてしまった。


「おい、もう食べないのか?」

箸を止めて、リビングから立ち去ろうとする俺を親父が呼び止める。

親父は読んでいた新聞を畳んで、こっちに歩み寄ってくる。

「あ、ああ、なんか、お腹いっぱいでさ!昨日夜中にカップラーメン食べたせいかな〜」

真っ赤な嘘です。


「そうか、体調が悪いのかと思って心配したぞ」


強面の顔で微笑みを浮かべる親父。

やめろ、やめてくれその顔。

柚が病気で亡くなった後見れなかった笑顔をするのはやめてくれ…………。

ていうか………久しぶりに親父の顔を面と向かって見た気がする。

当然の事と言えばそうか。

なにせ、俺と親父は大喧嘩をして俺が自殺するまで会っていないのだから。




「……じゃあ俺学校行くから。」

飯を残したことで怒られたくないのと

優しい親父の顔を見たくない気持ちが合わさり、俺はその場から離れる。

気持ちが悪い。

俺はリビングから離れ自室に戻った。

 



「……はぁ……自殺は出来てねぇし、味はしねぇし、親父は優しいし……何なんだよ……俺の人生……」

俺は部屋の中で一人、部屋の隅でボロボロと涙を流して泣いた。

過去に戻ってどうすれば良いんだと、自分の限界を知っている人間は何をすれば良いんだと。

なぁ、どうすれば良いんだよ、神様。

俺は、主人公じゃないんだぞ?

過去に戻っても何もできないぞ?

無力な人間、必死に生きるより死んだ方が良いに決まってるじゃないか……


カチ…カチ…カチ…カチ………

ヒビが入った時計から音がする。

「あ……朝ぶっ壊した時計………」

俺はその壊れた時計の針をじっと見る。

ああ……過去に戻っても時間は残酷に時を1秒1秒刻んで行くなぁ……。

……時間は7:27分。

学校に行かねばならぬ時間だ。

本当に俺は……このままで良いのだろうか。

努力が成果に実らぬ日々を、分かりきった未来を、知っている結末に進むしか道は無いのか?

いや……考えた所で無駄か。

覚悟を決めろ。

お前が見ているのはもう過去じゃない、今の俺にとっての立派な出来損ないの未来へと秒針を噛む現在だ。

さぁ……二度目の生き地獄を歩もうか。



俺は泣くのを止めて登校用のリュックを持って玄関まで降りた。

「行ってきます。」

久しぶりに実家の戸を開ける。

「はい、行ってらっしゃい。」

その時俺の背中で聞き慣れた声がした。

聞き慣れた声の中で最も聞いた、怒りの感情が籠もった声だ。

「……飯……残してごめん。」

「えぇ、本当よ。お祖母ちゃんがみたらなんというか……帰ったらおつかいに……あんたどうしたの?その目」

「どうしたって、何が?」

「すごく赤く腫れてるわよ。」

赤く腫れてるいる?ああ、涙のせいだな。

それにしても……腫れるぐらい泣いていただろうか?

「気のせいだよ。じゃ、行ってくる。」

俺は母親の顔を見ずに外から出た。

「あ、ちょ、アンタ!」

家から出る時、母親が何か言いかけていたが気にしない。

たぶん、説教だから。




学校への登校手段は徒歩。

高校時代、自転車通学を申請したが学校からは何故か拒否された。

それ故に徒歩である。

自転車通拒否の件だけは今でも許せない。

当時の事を思い出しつつ、自転車通学拒否に対する憎悪を燃やし、懐かしい道を歩いていると桜の木に囲まれた川の上の橋で膝をつき、涙を流しているメガネを掛けた地味な女がいた。

よく見ると、俺が通っていた高校の、現在通っている高校の制服を着ている女子高生だった。

「どうしよう……教科書と………川に……」

 どうしよう……教科書が……みたいな声が聞こえたが俺には関係ない。

俺には知らない女子高生を助けるほどの優しさ、慈愛の精神を持ち合わせてはいない。

第一に何故教科書を川に落とす?


どうしたらそんな馬鹿なマネをするのだろうか。

そこがさっぱり理解できない。

俺は橋を渡り困っている女子高生を素通りする。

すまんな名も知らぬ女子高生よ、俺は困っている人を助けるほど優しい大人じゃないんだよ。

「小説が……3年待って発売された小説が……」




ピタッ。

無も知らぬ女子高生の儚い声に俺はピタッと足を止める。

そうだ、そういえば、こんな事が昔あった事を思い出した。

教科書と小説を川に落としたのを見て、泣き崩れる女子高生の為に、靴を脱ぎ制服の裾を上げて、川の中に飛び込み、教材と小説を回収した事が、善人の心を持ち行動した過去()がいたじゃないか。

そして、川に教材と小説を落としたこの女の名前は俺の、俺が唯一好きだった、あの______



ドプンッ!!

クソ、なんで俺はまたこの川に入ってんだよ!

なんで俺はまた、アイツのためにこんな体張ってんだよ!!

あーくそ足が冷たいじゃないか、春だからまだちょっと寒いのに、川に教材と小説落としやがって!!

「あ、あのー……」

「あぁ!?」

女の小さい声が聞こえるが、川の流れる音より小さいため、川の音に小さく儚い声が上書きされる。



「ひっ……!あ、あの!!」

今度は大きな声で女子高生が口を開く。

「なんだよ!!お前の為に冷たい川の中にもう一回入ってんだよ!!手短に済ませろ!!」

「貴方が風引くと行けません!!教科書なんて、小説なんて良いから!早く上がってください!!」

「うっせぇ!!泣くの止めてくれたら上がってやる!!出来ると思わないけどな!!」

俺は川の中で散らばった物達を集めて、川から上がった。

川から上がり、橋の上で丁度泣き止んだ無も知らぬ女子高生……失礼。

今から名前を知る女子高生に物を渡した。

「ありがとうございます……あの……なんで……」

なんで、か。

それは俺にも分からない。

昔の俺は善行だと思ってやったが、今の俺の気持ちは分からない。

ただ、気づいたら冷たい川に飛び込んでて、教科書と小説を集めていた。

ただそれだけ。理由は全く分からない。

「さぁ、なんでだろうな……一回目の理由なら分かるんだが……」

「一回目?」

しまった。

「……なんでもない。それとアンタ名前は?」

名前を聞く必要はない。俺はコイツの名前を、このメガネをかけた文学好きの地味女の名前を知っている。それでも別人の可能性があるため聞いておく。

「えっ……私の名前?」

そうだ。早く教えろ。

「私の名前は……蒼桜彩音(あおさくらあやね)です」



蒼桜彩音。

俺の事を唯一好きでいてくれて、俺が唯一この世の誰よりも好きになった女。

そうだ、もう一つ思い出した。

これが俺達の最初の出会いだったて事を。




















 










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