『コポルクク、カンベリウスの写本』 168頁
ある女性聖職者が言った。
「ノースエンドは初めてですか?」
「ええ」
磨いた樫をめぐらせた船べりに寄りかかり、ふたりは肩を並べていた。
ガルと彼女の視線の先では泥炭の湿地に囲まれた、屋根の色だけは愉快に見える港町ノースエンドがある。
船が近づくにつれて、赤や青、黄色は褪せていき、陰気な曇り空を家並みの形に切り取って、配置したような市街地があらわれた。
観光客風の男が連れの女性に誇らしげに言っていた。
「なんて、きれいな街だよ。屋根がきれいでさ。おれたちの旅行先にまさにふさわしいよな」
もう相当灰色が強くなっていたのだが、まだ男の目にはノースエンドが色鮮やかな町に見えているらしい。
「あの方はきっと失望されるでしょうね」
「そう思う?」
「はい。モノトーンが好きでない限り。どちらからおいでで?」
「覚えていない。でも、僕のことは知っている。そうじゃないかい?」
「世界でただ一体の、人を殺めたオートマタさん」
「二番目が来ないことを祈るよ。そちらは?」
「どこにでもいる聖職者です……ほら、あちらの男性、顔が蒼ざめてきましたよ」
「ああ。本当だ」
「そう、悪い町ではないんですけど」
「前にも来たことが?」
「いいえ。でも、分かるんです。素晴らしい町だってことが」
羽ばたくのはきみであって、わたしではない。
――『コポルクク、カンベリウスの写本』 168頁