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『妄』 色欲ノ章

 ハインズの店に行くと、そこは人間向けの小さなレストランになっていた。

 なかに入り、腰の曲がった給仕に前にここに開いていた店はどうなったのかたずねた。

「知らないな。ここは住宅機構から買ったんだ」

「住宅機構?」

「持ち主がそう言うんだ」

「ハインズというオートマタについて、きいたことはないか?」

「さあ、知らんね」

 その後、老夫婦が入ってくると、給仕はそっちへ行ってしまった。

 アーロンの家は南地区、三番街のアパートだ。

 内庭を抜け、奥の棟の三階のドアを何度か叩くが、誰も出ない。

 ひどく機体の安定性が削がれている。

 不安。憶測。さらなる不安。

 消滅への恐れ。

「なあ、あんた」

 向かいのドアからブローカーらしい男が顔を出している。

「そこのオートマタに用事か?」

「ああ。どこにいるか知っているか?」

「あんたらの修理場に行ったよ。カントレル通りのガレージ」

 ガレージには腹を開けられて、調整装置を取り換えられているアーロンがいて、そのそばにハインズが座っていた。

「ガルか。見てくれよ。この調整装置。朝、起きて、なんだか変だなと思ったら、ドアから出ようとすると回れ右して出られないんだ。十回やってもダメだったあたりで、ああ、こいつぁ、何かまずいことになったぞ。と思って、お前とハインズのどっちかに電話することにしたんだが、お前のところの電話、切れてるぞ。それでハインズに着てもらって、運んでもらった」

「こいつ、運んでるあいだ、足をばたつかせるんだよ。手間がかかってしょうがない」

「おれはあんたより繊細に作られてるんだ」

「えーと、ハインズ」と、ガルがたずねる。「店はどうしたんだ?」

「ああ、あれか。売ったよ」

「売った?」アーロンが驚く。

「住宅機構に売れって言われたんだ。そうなったら、駄々こねてもダメなのはわかってるだろ?」

「でも、店を撃っちまったのかよ。いまは何だ?」

「人間向けのレストランだ。給仕が出入口で待ってるような」

「つまんねんことになったなあ」

「政府がバックにいる地上げ屋に逆らってもしょうがないだろ」

「ハインズ。これからどうするんだ?」

「実は、南部の炭鉱で経営オートマタをしないかと言われて、まあ、地上げも食らったところだし、ちょっとやってみることになった」

 そう言って、餞別にマッコウクジラの脳油の瓶を置くと、さっそくアーロンがコルク栓を歯で取り除いて、ペッと吐き、あおった。

 開いたままの腹部からオイルが霧状に噴き出した。ガレージの主人に瓶を取り上げられるまで、三人は回し飲みをして、半分以上を開けた。

 さんざん笑っていたガルの目は端に、開きっぱなしのガレージの向かいにあるカフェに女性聖職者がコーヒーを飲んでいるのが見えた。

 こちらに微笑んで、手を小さくふっていた。

タクマシイ男ト働キ者ノ女タチニ恵マレタ鉱山ノ村ニ少女ガイタ。天使ノ生マレ変ワリノヨウニ美シイ少女デ、彼女モ自分ハ天使ノ生マレ変ワリデアルト信ジテイタ。彼女ハ自分トトモニ天使ヲ産ンデクレル男ヲ求メタ。村ジュウノ男タチガ少女ニ恋ヲシ、家族ヲ捨テテモイイト覚悟スルモノマデ出テシマッタ。ダガ、少女ハ誰ニモナビクコトハナカッタ。少女ハヤハリ天使ノヨウニ美シイ少年ガコノ世ニ生ヲ受ケテ、自分ヲ探シテイルト思イ込ンデイタ。ソノタメ、男タチハ馬鹿ニサレタト憤リ、女タチハ嫉妬シ、ツイニトウトウ意地悪ナ女ノ一人ガ焚キツケテシマイ、村人タチハ少女ヲ捕エ、坑道ノ奥ノ穴ニ突キ落トシタ。少女ノ顔ハ割レ、骨ガ折レテ皮ヲ破ッテ飛ビ出シタ。瀕死ノ少女ガ想像ノナカノ天使ノヨウナ少年ニ助ケヲ求メタ。間モナク、自分ト同ジヨウニコノ世ニ天使ヲ増ヤスベク使命ヲ与エラレタ美シイ少年ガ少女ノ目ノ前ニ現レタ。ソノ背ニ生エル純白ノ翼ガマバユク光リ出シ、少女ハソノ翼ガ自分ノ背ニモ生エテクレレバイイト思イ、ソレガ叶ッタラ自分ハ人間デハナク天使ニナレルノダト憧レ、少年ガ広ゲタ翼ニ抵抗スルコトナククルマレタ。コウシテ彼女ハ我ヲ受ケ入レタ。

                           ――『妄』 色欲ノ章

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