『群青の悪魔』 91頁
クロワッサンの塔は下宿屋からでも見える。
その日、砲声で目が覚めたガルは塔の側面が吹き飛び、土埃を散らしているのを見た。
近所の住民も集まっていて、テロリストの仕業に違いないと言い触らしている男がいる。
ガルは首をふり、自室へ戻った。
ドーン、ドーンと鈍い音がするたびに、二秒遅れて、テーブルのコップが震えた。
自動車の屋根にのせた拡声器が市民は全員家から出るなと警告している。
砲撃は続き、あの立派な塔はどんどん輪郭を削られて、下手なソフトクリームみたいな形になっている。
「市民の皆さん! 現在、政府軍が投入されています! 殺戮者は無差別に市民を銃撃しています。動機は不明です。皆さんは自宅で待機してください」
東地区の路上には市電や自動車が放置され、カフェやホテルは避難者でいっぱい。
自走砲の後ろに隠れながら、前進する兵隊。
飢えた狙撃者が誰かの頭を撃つたびに、アルコールランプの上のフライパンからスプーンでスパゲッティをすくう。
銃撃戦の末、警官隊が踏み込んだとき、狙撃者の死体と空っぽになった缶詰が待っている。
「これは世界で最高のパンです。これすら受けつけられないのであれば、おそれながら、あなたは餓死するしかありません」
――『群青の悪魔』 91頁