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『妄』 暴食ノ章

「すまない。住所を間違えたようだ」

「間違ってはないですよ」女性聖職者が微笑した。「エステル公女とその護衛オートマタはつい先日まで、ここに住んでいました。わたしはここを譲り受けたんです」

 デコボコした窓ガラスの向こうではカモメたちは白い歪な影となる――小国クラスの曇り雲の塊を白く塗ろうとするペンキ屋の絶望。

「なにか困りごとでも?」女性聖職者は本当の親切心から言っているように見えた。本当は彼女のほうが困っているはずだ。倫理警察は数人の人間と数人のオートマタを痛めつけ(奇跡的にもガルはそのなかに含まれていなかった)容疑者を彼女に絞った。正しいこたえを得ているのだ。そして、教会と図書館から三十万ランプの賞金も出ている。

 その彼女がノースエンドを出ることなく、隠れるどころか、まちで唯一の灯台に住み着き、しかもその灯台の前の持ち主は政治的な事情から警察にマークされていたかもしれない場所。

「手の込んだ自殺?」

「違います。ただ、いろいろしなければいけないことがあります」

「僕は関わりたくないかな。前のときはたまたま巻き込まれずに済んだだけだよ」

「先生はあなたに図書室を出たら、わき目もふらず、建物から出ろって言いませんでしたか?」

「よく知っているね」

「先生はそういう方です。殉教の機会があったら逃がしたりはしません」

「あなたが仮面をつけているかどうかをきいてきました。つけていないときいたら、ひどく狼狽していた」

「仮面はどこかにやってしまいました」

 これは嘘だな。運び屋になってから、嘘を見破るのがほんの少しだけうまくなった。

「わたしは絶望しているんです」女性聖職者が伏目がちに言う。「この世界は壊れている。それなのに、わたしにはそれを治す方法が分かりません。手詰まりです。だから、いろいろ試しているんですが、そのうち、正解に近そうなものを見つけました」

「それがあの爆弾なのかい?」

 彼女はふふ、と小さく笑って、隙間風で冷えた肩の上にカーディガンをのせた。

「正解ではありませんよ。でも、まあまあ正解に近い方法です。恵まれない人たちに食料を無料で配ることと同じくらい」

「火刑は?」

「人を集める効果があるだけで、あれは正解ではありません。もし、わたしが、この世界を治す方法を見つけたら、何人かの不信心者を火刑にして、人を集め、わたしのいう世界を治す方法を説きます。ほとんどの人は信じないでしょうけど、でも、少しだけ前に進めます。可能性がある限り、あきらめることはありません」

「そうか。わかった。でも、あなたのパッケージは運べない」

「それも仕方がないことです。でも、わたしはあなたに答えを差し上げることができます。あなたは護衛オートマタさんにききたいことがあったんでしょう?」

「よく知っている」

「それはあなたのお知り合いのオートマタさんの失踪に関わることで、そのオートマタさんは失踪する前、人間のように改造された、つまり、護衛オートマタさんのようになった。そこに何かの関連性やヒントがないか、それをお知りになりたいんですよね。でしたら、わたしでもお力になれると思います」

 そのまま、ガルは女性聖職者に促され、灯台の頂上へ。そこには手すりに真鍮製の古い望遠鏡が固定されていた。

 女性聖職者は腕時計に目を落として、もうすぐです、といい、望遠鏡を覗くようにガルに促した。

ソノトキ、小姓ノ頬肉ガ白くマバユク光リ出シ、ソレ以外ハ目ニ入ラナクナッタ。

公爵ハソノ頬ヲ何トシテモ食ベタイト思イ、ソシテ、ツイニ食ベタ。コウシテ彼ハ我ヲ受ケ入レタ。

                           ――『妄』 暴食ノ章


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