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『コポルクク、ポローニアスの写本』 78頁

 クライアントは女性聖職者だ。

「もし、この箱のなかに宇宙の真理が入っていたら?」

「運送料金は変わらないよ」

「そうですか」

「以前、あなたが南地区で世界の終わりが三秒前にやってくると言ったのを見たんだけど」

「ああ。それはわたしですね」

「来てないね。世界の終わり」

「世界の終わりがいつ来るかなんて誰にも分かりません」

「でも、あのとき、あなたは――」

「ああでもしないと誰もわたしたちの言うことに耳を傾けてくれないからです」

「無料のサンドイッチを配ってもダメなの?」

「むしろ無料のサンドイッチだからこそダメです。彼らは魂をサンドイッチに売り渡しています」

「じゃあ、お手上げだね」

「いえ、最後の手段があります」

「お」

「火刑です。あれは人が集まります」

「あー、確かに」

「人は、無料のパンよりも差し迫った世界滅亡の予言よりも、同じ人間が火だるまになってもだえ苦しみ、ドラゴンみたいに口から火を吐いて死ぬのが見たいのです」

 パッケージを西地区の聖職者用図書館に持っていく。

 天井が高すぎて空虚な印象を与える閲覧室。明かりが乏しく、小さな灯が斜めに傾いた閲覧机に点々と置かれている。

 閲覧者はひとりだけで、修道衣をまとった白い顎髭の老人だけだ。

「お届け物です」

 老人はガルのほうへと顔を向け、鷲鼻にのっていたガラスを変えた。老人は書物を読むときと誰かと話すときでメガネを使い分けているようだ。

「誰からの荷物だね?」

「名前は知りません。ただ、女性の聖職者でした」

「女性の聖職者、ね」

 老人はまた女性司祭が男性に本気の恋をしたことに関する長い言い訳めいたロマンスと行うべき贖罪のリスト化を頼む請願書を読まされるのかと辟易した様子でため息をついた。

「しかし、それにしては、あまり厚くない。普通ならこの五倍はあるはずだ。その女性、どんな特徴があったかな」

「以前、世界が滅亡するまで三秒しかないと言っていた。ただ、それは本人曰く、人を集めるための方便だと」

 老人はやれやれと微笑した。

「あててみよう。その女性がそんなことを言ったのは食物の無料配布の場だろう?」

「ええ。その通りです」

「それで本当に人を集めたいなら、火刑をするしかないとも言っただろう?」

「すごいな。当たってる」

「その女性は黒に限りなく近い紫の髪が長く、白いブラウス、黒いワンピース、履き古したローファー、背は――」

 老人は立ち上がり、宙に手をかざした。

「このくらい。割と高いほうだ」

「全部当たってる。じゃあ、クライアントのことは知ってるんですね」

「ああ。知っている」

「助かります。受取人がクライアントを知らないと、なかなか受取してくれない場合もあって。そうだ。顔はどうです?」

「顔?」

「はい。顔です」

「待ってくれ」老人の微笑が困ったようにゆらぐ。「その女性は仮面をしていないのか?」

「ええ。していません」

「……どんな顔だか、教えてくれんかね?」

「え? はい。目はグリーンで、少し目じりが下がった優し気な美人で――」

「分かった。もう、大丈夫だ」

「えーと。お知り合いとは別の方ですか?」

「そうだが、――彼女も知っている。知り過ぎているくらいだ。いいかね、運び屋くん。この荷物は受け取ろう。そして、きみはすぐにこの建物を出たまえ。間違えても、ぐずぐずしてはいけない。いいね?」

 ガルは言われたとおり、急いで図書館を出た。

 向かいの歩道へ出た瞬間、轟音。

 閲覧室の窓が全部吹き飛び、炎が道を挟んだ彫像を焼いた。

その小男はどこか尊敬されることに慣れているらしい動作で立ち上がった。

全員が彼の言葉を待った。

              ――『コポルクク、ポローニアスの写本』 78頁

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