『知恵、レモン、爆薬』 310頁
ガコンガコン。
ガラスの塔の販売機械に缶入りポテトチップスが並べてあり、狙撃者はせっせと硬貨を投入しては緑の購入ボタンを押していた。
相変わらず人のいない店で見通しのきくなかにあるのは商品を入れたガラスの塔だけだ。
「狙撃があったという話はきかないけど」
「ナイフです。普通、ひとつの市にこんなに長くいることはないんですよ。でも、今回は分からない。ついさっき殺した女は消音器付きのピストルを持っていて、明らかに僕を片づけるつもりでした。しかし、彼ら、あるいは彼女らは間違っているんですな。もし、僕を片づけたかったら、殺し屋なんて送らず、命令も送らず、ただ放っておけばいいんです。そうなったら、僕は餓死するしかないんです」
帰り道、狙撃者は大きな缶を抱えて、バリバリとポテトチップスを食べている。
「食欲が湧いた貴重な時間をこんなもので消費するのは間違っているかもしれませんが、でも、ときどきどうしても食べたくなる。自分の命がポテトチップスと引き換えになったことを知ったら、あの殺し屋はどう思うのやら。しかし、ここは寒い町ですね。はやくここを出られればいいんですが」
「旅券はあるのかい?」
「ありますよ。一マイル先から見ても偽物とわかる粗末なのが。まあ、賄賂が通用するから別にいいんですが」
それからふたりは南地区へ歩いた。
陰鬱な雲が空を塞ぎ、人であれば鳥肌が立ち、オートマタは体内の湿気を気にする天気だ。
無料の食料をふるまう人びとがいて、ここに来る船で一緒だった女性聖職者がパンフレットをふりかざしている。
彼女が言うには世界の滅亡は三秒後にやってくる。
三、二、一、滅亡。
炊き出しから歩いて、だいぶ距離が開いたところで狙撃者は魂が本当に存在するか、ガルにたずねた。
「存在しない」
「その根拠は?」
「僕らは自分のスペック表を見ることができる。そのなかには魂はなかった」
三つ目の缶を開けながら狙撃者は、もし指令も殺し屋も来なかったら、自発的に人を殺すしかないと言った。
「たとえば、あの塔」
彼が指差したのは宇宙人向けにクロワッサンをつくっている(と、言い張っている)男の塔だ。
「あの塔のてっぺんから無差別に撃ちまくって、命をかっぱらう。したくはないけど、人間、お腹が空くと、まあ、考えが浅くなるもんですな。ああ、そう言えば、知っていますか? ポテトチップスを柔らかめのホワイトソースにひたして、チーズをふりかけたら、なかなか立派なポテトグラタンになります。大発見ですよ」
足が止まる。
先の通りで殺人事件。
倫理警察の閉鎖線の外から見えたのは少女の死体が三つ。
血だまりに横たわる。市内の私立校の制服。どれも首がない。
切り口の皮膚が伸びている。切ったのではなく、引きちぎったのだ。
閉鎖区域では倫理警察の捜査官が三人、昼食の卵と魚を吐いていた。
狙撃者は四缶目のポテトチップスをパリパリ食べながら言った。
「僕じゃないですな」
プラネタリウム!
それは我々の魂を内側から見上げるようなものだった。
――『知恵、レモン、爆薬』 310頁