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ヴェルデン地方のおとぎ話の始まりの文句

 まずエンジンがある。

 大きすぎて通路をほとんど塞いでいる。

 そのエンジンの左右にドアが並んでいる。

 とりあえず、そのひとつを開く。

 窓のない、ごく小さな部屋。

 赤く汚れた壁紙、よどんだ空気、枢機卿選挙のパンフレット。

 ベッドがふたつ。これを置いただけで部屋の八割が塞がれる。

 左のベッドには労働オートマタ。

 右のベッドには古い軍用コートを布団がわりにしている女性が眠っている。

「おれは何も知らんよ」

 労働オートマタがガルに言った。

「でも、きみはここにいる。つまり、どこかから入ってきた。違うかい?」

「さあな」

「入り口は出口にもなる。これは認めるだろう?」

「知らんよ。出口がどこか知りたいなら、そこで寝てる女を叩き起こせよ」

 女性のベッドには『起こしたら殺す!』の警告と自分が眠り始めた年月日をこの粗末な不釣り合いな美しい筆致でボール紙に書いて、ベッドの端に吊り下げていたが、その時刻を信じれば、彼女はガルがノースエンドに来るより前から眠り続けていることになる。

「その女はショットガンを抱いて寝てる」

 労働オートマタは溌溂とした青年を模して作られていた。

「そのコートのすそを見てみろ。木製の銃床が見える」

 ガルは、肩をすくめ、もっと協力的なオートマタか、ショットガンを抱いて寝ていない人間を探すことにした。

 通路のエンジンは不文律のように大きく、常識のようにやかましく、権威のように古い。

 これにぶつからないようにするには背中を壁につけて、真横を向いたまま移動するしかない。

 次のドアを開ける。

 そこは事務室だった。

 オイルランプひとつを頼りに白髪の男が宝くじの当たり番号を決めている。

 エンジンの振動はこの部屋まで響いていて、壁にひっかけた山高帽がぐらぐらと揺れていた。

 部屋を出る。

 横になって蟹みたいに進む。

 部屋に入る。

 様々な部屋を見ていくうちに、自分はどうやってここに入ったのだろうと考える。

 ガルはここに来た。それは荷物を渡すためだ。

 その受取証と報酬はジャケットの内ポケットにある。

 仕事は終わった。

 後は入るルートを逆にたどればいいのに、ガルには入り口が分からない。

 確かにそこを通ったはずなのに。

 ドアを開ける。

 階段がある。ドアの幅しかない。板張りの階段。上から光が差している。

 どうやら、この地下墓地もどきから脱出できそうだ。

 ガルは駆けるように階段を上り、そして、天空を舞う飛行船の甲板に出た。


こいつをお前に話すため

かかあとガキをぶち捨てて

田んぼと豚も手放した

山こえ海こえ空も飛び

お前のどたまにおっこちた

                ――ヴェルデン地方のおとぎ話の始まりの文句

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