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『ウィルドア』 306頁

 結局、ガルは狂人の仕事を受けた。

 届ける先が町の反対側にある灯台だったからだ。

 錬金公国の正当な王位継承者とその護衛オートマタが、この狂人とどんな関係にあるのか、興味が湧いた。

 もちろんこの男のことを信じるなら、彼女たちはクロワッサンを買いに来た宇宙人ということになるのだろうが、しかし、彼女たちはイースト菌には似ていない。

 だが、まったく普通というわけではない。髪の色が人間とオートマタのあいだでひっくり返っているのも事実だ。

 好奇心がオートマタの行動に及ぼす影響。ハロルド・テンペスト博士。レギントン大学オートマタ心理学部教授。人間でいう好奇心とは、オートマタにとっては「情報獲得ラインの複線化」と呼称されているが、正統ラインと補助ラインのモデルは決して単純なものではなく、それは思考過程の形成のなかで複雑に絡み合い、うんぬんかんぬん。

「これはクロワッサンですね」

「塔に住む男から」

「お会いしたことはないんですが」

「やっぱりそうか。会ったこともない男から送られたパン、しかもクロワッサンというのは、まあ、危ない気もする」

「殿下。わたしが毒見します」

「オートマタが人間の食べ物を食べられるのかい?」

「馬鹿にするな、運び屋オートマタ。近衛隊付き護衛オートマタには人間の食べ物を分析するための装置と試薬が装備されている――では、ちょっとかじります。――ふむ、これは――もしや、これは――大丈夫です。毒は入っていないようです」

「半分以上食べておいてよく言うね」

 エステル姫はそのクロワッサンをちぎって、口に含む。コーヒーポットの中身をカップに注ぎ、味見はひと息の休みへと変じていく。

「これは僕の職業倫理に反するのだけど、教えるね。クライアントはちょっとアタマがおかしい。彼があの塔に住んでいるのは宇宙人にクロワッサンを贈るためだって言うんだ」

「その理屈だとクロワッサンを渡されたわたしは宇宙人ということになりますね」

「さっきも言った通り、クライアントはちょっとアタマがおかしい」

「でも、そのクライアントさんは太客さんではありませんか?」

「僕も最近覚えた業界用語だ」

「理解したら、会話も楽しくなるでしょう?」

「会話? 誰と?」

 エステルは手でガルを示した。

「僕と?」

「はい」

「僕と話すのが楽しい? うーん」

「姫。このような下賤でいやらしい目的を秘めたオートマタに馴れ馴れしくするのは後々に難を呼び込みます」

「失礼なことを言うね。近衛オートマタさん。ただ、僕と話したいって言う連中の大半は記者で、大半はどうして僕が人を殺したのか知りたがる手合いだったから、ちょっと驚いているだけだよ。そうだ。それで思いついた。その話をしよう」

近衛隊のマスケット銃が空の鍋を打ち鳴らす請願者たちを薙ぎ倒した。

                       ――『ウィルドア』 306頁


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