『光の巣』 51頁
気分の悪いものを見せられたぜ。
まあ、オートマタにもそういうことが絶対ないとは言わない。ずぶ濡れもある。背中を蹴飛ばすってのもある。だが、それを一度にやったってのはきいたことがねえ。
でも、そんなことより、故買屋だ。あの野郎、来なかったぞ。約束を忘れたんかな?
いや、忘れたんならいいが、ひょっとするとパクられたのかもしれん。
そうなると、ブツをあずけられるやつが減る。
ハインリヒは?
冗談じゃねえ。あいつにブツを処分させたら、安く買いたたかれて、こっちが強盗にあったみてえになる。
『仕方ないんだよ、アーロン。この業界も不景気でさ。でも、特別に色をつけておいたよ。五十ピース。おれはいつだってオートマタには優しいんだぜ。ほら、ベンハーストの列車事故。あそこで労働オートマタがおれのおふくろの命を救ってくれたんだからさ』
嘘つきのクズ! 二か月前はおれは孤児だって言ってたじゃねえか!
ダメだ。ハインリヒには持ち込まない。
それに、こういうときもある。ブツを処分しようとしても、なぜかうまくいかないって日。つまり、今日はブツを処分するなってことだ。無理に処分しようとすると、サツに現場を押さえられたり、取引の場に、立身出世の仕方を勘違いした、アタマくるくるぱあのフリーランスがあらわれて両手に銃を持って撃ちまくったりする。
もう少し、あの万年筆は抱えておこう。
ひょっとすると、政府が明日を『万年筆の日』として祝日にするかもしれん。
しかし、このまま何もせずに帰るのもなんだな。
計画屋のとこに寄ってみるか。
あいつはいつだってカネのかかった服をパリッとめかし込んで、口髭の先をくるんと巻き上げて、爪にマニキュアを塗らせてやがる。とんだダンディ。まるで男爵さまだ。まったくカネがかかっている。でも、やつの仕事を考えれば、それも必要経費だ。誰が素寒貧の宿無しみたいな恰好のやつから強盗計画を買い取ろうと思うよ?
しかし、いい商売を考えたもんだぜ。自分でタタかず、計画だけを売る。
おれも真似したいが、オツムが足りねえと来たもんだ。
ああ、右の×が熱い。たぶん色も赤くなってるな。
おれをつくったエンジニアはなんだって、おれの右目のあるべきところに×なんかつけやがったんだろう?
毎朝、自分の顔に×がついてるのを鏡で見るオートマタの心ってもんを考えたことはあるんだろか。
生んだ相手が母ちゃんなら、おれの母ちゃんはクソッタレエンジニア。
生み方を考えたのが神さまなら、おれの神さまは分厚いマニュアルだ。
人間は恥ずかしい思いをすると、頬が赤くなるが、このおれ、アーロン・ブリストルさまは×が赤くなる。そりゃないぜ、神さま。
しかし、おれのこの×のことを何人の人間、何体のオートマタが知ってるんだろうな。
前髪を下せるだけ下して顔の右半分を隠してるつもりだが、でも、格言にもある。『三人で秘密を守る方法はただひとつ。他のふたりが死ねばいい』
結局、ガルが人を殺したこと同様、みんなが知っていて、みんながきかないようにしている。
おれってのはそんなにデリケートなオートマタに見えるかね。
まあ、いいけどさ。
卵が流れ着いた町では天使信仰が流行し、自分の肩から翼が生えたと誤解した人びとが崖下の磯で砕け散っていった。
それでも自分だけは違うと信じた人びとが、今日も崖から飛んでいく。
――『光の巣』 51頁