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サンド商会の優待券付きチラシより抜粋

 朝、起きると、ガルのもとに客があった。

 その客は人間で、腕章から焦げ臭い政治のにおいがした。

 腕章男いわく、ガルはその男に借りがあるらしい。

 まったく覚えがないが、その日はたまたま仕事もなく、天気もよかったので、相手の無茶に乗ることにした。

 男はガルにも腕章をつけるように言った――後ろ足で立った山羊の黒い絵。

 だんだん分かってきたことだが、腕章男は電話帳に載っている人間やオートマタを手当たり次第にたずねて、借りがあるといい、人を集めていた。

「ゴート党かよ」老人が言った。

「知っていたら来なかったかい?」

 ガルがたずねると、老人は首をふった。

「政府公認の党だから、カネはもってる。おれたち全員にビールを一杯おごるくらいのカネはある」

「自動車用オイルは?」

「用意するだろ。連中は自分たちを支持するなら人間でもオートマタでも構わん。もし、ゴキブリに腕章を通す腕があれば、やつらはゴキブリ一匹一匹に『お前は借りがある』って言ってまわらぁ」

 青灰色の建物に囲まれた中くらいの広場には自発的なものとガルたちのように消極的にだまされたものが集まっていた。

 建物のひとつに山羊の旗が下がり、そのバルコニーにゴート党の幹部らしいサム・ブラウン・ベルトの男たちがいる。

 バルコニーの真下、見上げると首が痛くなる場所には生粋の党員。楽な角度で見上げられる遠くには借りがある群衆。

「誰が一番偉いんだ?」

「太ったやつだ」

「みんな太ってる」

「口髭のあるデブだ」

「みんな口髭があって、デブだ」

「口髭のデブで赤い帽子だ」

「赤い帽子はひとりだけじゃねえか」

「だから?」

「要領悪いやつだな」

「知るか」

「こいつは政治集会だぜ」

「知るか」

「で、ビールはどこだ?」

「知るか」

 いよいよ演説が始まる。

 無理やり人とオートマタを集めないといけない退屈な内容。

 義務。信仰。歴史。民族的運命。そして、山羊。

 黒い髪。赤い髪。金色の髪。空色の髪。

 支持者たちの万歳の声。本物の支持者は広場に半分。

 演説者が赤い帽子をとり、額をハンカチで拭こうとそのとき、額の中央に赤い点がポツンとついた。

 血液と脂汗と脳漿。

「狙撃だ!」

 大混乱。

 党員も非党員も、人間もオートマタも逃げ惑う。

 どこからか倫理警察が湧いてきて、空に向かって銃が撃たれる。

 救急車――運転手が窓から顔を手を出して、どけ!とわめく。

 ガルは逃げない。

 こういうときは逃げてもしょうがない。

 逃げようとしても逃げられない。

 だから、逃げない。そうすると、思いの外、うまく逃げられる。

 運命の女神が人間とオートマタを等しく愛するか知らないが、あまのじゃくには目をかけてくれる。

 ガルの目論見通り、気づけば彼は現場の広場から遠い、静かな路地にいた。

 ただ、狙撃者を見てしまったのは目論見から大きく外れた。

 少年のようで、けだるげで、左右の目の色が異なっていた。

 大きな楽器用バッグを肩にかけて、ガルとは別方向に歩いていく。

 疑いを残すよりは確信にしてしまったほうがすっきりする。

 ガルは建物へ入る。

 階段をのぼる。

 最上階の廊下。ドアがひとつ開けっ放しになっている。

〈計算装置貿易会社〉

 その部屋に入り、窓から外を眺める。

 二百メートル先。死体の担架を積み込む救急車が見えた。

 サンド商会が満を持してお送りする新型計算機〈ハロー〉は使い方が簡単。

 乗算もパーセンテージもキーひとつでこたえが出ます。

 ピーター・モアヒューズ氏は五十六歳。これまで経理の計算に算術盤を使ってきたモアヒューズ氏ですが、〈ハロー〉を使ったら、計算時間が十分の一に!(当社比)

「〈ハロー〉に出会えて、浮いた時間で結婚相手を探したら、二十七も年下の妻と巡り合えました。〈ハロー〉がなかったら、この幸福はありません。みなさんも〈ハロー〉を買いましょう! 購入はサンド商会提携器械店で!」

                 ――サンド商会の優待券付きチラシより抜粋

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