『死都遠景』 第4章 第4節
ハインズの店にある古新聞の束から一冊抜いて読んでみると、錬金公国は現在、教皇が大公を兼ねている同君連合ということになっている。
ひとつの国というものを完全に消滅させることは難しい。ラジオのスイッチを切るみたいにはいかない。それよりは自分が君主になったほうがはやい。
記事を拾う。公女エステルは五歳のときから錬金術において非凡な才能を発揮。
ミスリルの活性化に論文。早熟すぎる天才。公国の未来は明るい。
ガルは葉巻を吸う六体の労働オートマタのテーブルについた。こんばんわの挨拶が六度、噛んだ葉巻の紫煙と一緒にもごもごと流れ出た。
「いま、お前のことを話してたんだ」
「分かってるさ。僕がハンサムだって話だろう?」
「そのハンサムも運んでるモノごと吹っ飛んだら、何の意味もないぜ」
「そっちは知らないな。何の話だい?」
「テロリストだよ。また、やらかしたらしい」
「どこで?」
「南部諸侯の都市のどれか。教会を吹っ飛ばしたんだってよ」
「死者は?」
「十三名」
「ひどい。負傷者は?」
「知らん。こういうとき、大切なのは死人の数だろ?」
「オートマタも巻き込まれたのか?」
みな首をふる。「人間専用の教会だ」
「二か月前、東部辺境区でオートマタ用の娯楽施設に爆弾が投げ込まれてる。つまり、こいつはよ、人間とオートマタの過激派がそれぞれいるってことだ」
「テロ・オートマタ? 人殺しは僕だけだと思っていたけど」
「お前さんは先駆けってわけだ。革命オートマタって呼んでもらえよ」
「誰に?」
「知るかよ。倫理警察じゃねえの?」
「二度と太陽が拝めなくなりそうなアドバイスをありがとう」
「よせよ。照れるじゃねえか」
「にしてもよ、いったい、この国はどうなってるんだ? ひでえ雨が降る。過激派が爆弾を仕掛ける。あちこちで大物が狙い撃ちにされてる」
「それに偽札」
「そうだ。東地区のペンキ工場の給料に紛れてたって話だ。おれたちだって、いつ掴まされるか知れたもんじゃねえ。だってのに、倫理警察は無罪のおれたちをいじめるのに忙しくて、本当にパクらないといけないやつらを野放しにしてる」
「倫理警察にきかれたら、おれたち、しょっぴかれる」
「タレコミ屋がオートマタの店にひとりで入るだけの度胸があればの話だ」
「人間とオートマタ。ふたつのテロリストがいるのは間違いねえ。そして、そいつらはテロを競ってやがる。ライバルよりも少しでもたくさん、少しでも大物を吹き飛ばそうとしている。そのうち、お前も爆弾を運ばされるんよ。ご愁傷さま」
「僕みたいな小物を吹き飛ばしてもしょうがないだろうに」
「そうだ。ガル。アーロンは相変わらず、人間のギャングとつるんでるのか?」
「故買屋を探してる」
「何を盗んだ?」
「万年筆。人造樹脂製」
「誰も買わねえよ。捨てちまえ」
「アーロンのやつ、なんだって、そんなもん盗んだ?」
「詳しくは知らないが、その倉庫には腕時計があると教えられていたらしい」
「腕時計なら翼で飛んでくみたいに売れるが、万年筆じゃあなあ」
「それも人造樹脂製だ」
「ペン先の金を剥がしてインゴットにしたほうが売れるんじゃないか?」
「アーロンほどのやつが、そんなネタをつかまされるとはなあ。こりゃひでえや」
「鍋やヤカンのほうがさばきやすいけど、万年筆とはなあ」
「僕はそろそろ帰ろうかな」
「もうちょっと付き合えよ」
「そうだ、そうだ」
「明日、朝一番に仕事があるんだ」
「そう言うなって。仕事は逃げやしねえよ。もう一杯おごってやる。懲役帰りのオートマタには優しくしておくもんだ。見ろよ。このグラスのオイルちゃん。いまじゃあ身ひとつだが、昔は店もありゃあ、カカアとガキもいた、ひとかどのオイルだったんだぜ」
その薄く濡れ、凍えた風が三つのタリスマンを砕き、神の御意思を計るという禁忌を冒した人びとは永遠に死の都をさまよう罰を与えられた。
――『死都遠景』 第4章 第4節