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『高貴な器と銀の筆』 最終章 最終節 最終頁

 大雨が降ると、勤労意欲が削がれるのはオートマタも人間も変わりはないが、その大雨が四日も続くと、悠長なことは言っていられない。

 北地区の灯台まで荷物を取りに来いという伝言がつい今さっき、家主のもとに届いている。

 世界はアルベルト・ガルが働くことを望んでいるのだ。

「伝言を持ち込んだのは、どんな人?」

「錬金術師」

「つまり、黒のフロックコートに山高帽?」

「古臭い黒の蝶ネクタイも忘れてはダメだ」

「錬金術師のパッケージに関するジョークはいくつかあるけど、どれも爆発してオチがつく」

「そう悲観するな。中身は蒸留酒かもしれない」

「高級機械オイルかもしれない」

「錬金術師については以前から不思議に思うことがあるのだが、あの黒い服一式は何セットで着まわしているんだろうな」

 雨は剣が研げそうなくらい激しく降っている。

 ゴム長靴と黄色いレインコートは売れるが、運び屋にとっては厳しい天気だ。

 果物の皮やボール紙のクズが排水溝に溜まり込んで、水たまりが海のように広がる。

 広場の屋台にはどれもテントがかぶせてあり、人通りはない。

 雨は視界に手加減をしない。

 大雨に色を奪われた町は顔を失い、自分がどこを歩いているのか分からなくなる。

 灯台が振り回す白い光の柱は町を歩くガルにとっても目印だ。

 昼過ぎにはなんとか到着。灯台のドアを開けると、そこには空色の髪の少女と黒髪の護衛オートマタがいた。

 古文書。硫黄サンプルと水銀サンプル。湯気を立てるガラス器具。

 少女は手に持っていた金色に輝く金属片をそっと銅の皿に置き、手を念入りに拭いてから、ガルに握手を求めた。

「このあいだはすみませんでした。せっかく助けていただいたのに」

「いや。気にしていないよ」

「こちらはそうはいきません。――ルシア、あなたからも何か言わなきゃいけないことがあるんじゃないの?」

「特にありません」

「ルシア」

「……ごめんなさい。はい、これでいいでしょ?」

「本当にごめんなさい。悪い子じゃないんです。ちょっといま、複雑な状況にあって」

 ルシアの視線:それ以上、少女に触れたら、どうなるか分かってるだろうな?

 ガルの微笑み:すぐに退散するから、そう嚙みつかないでくれ。

「パッケージがあるときいたんだけど」

「はい。こちらです」

 少女は小さな袋と運送料七十ポプラを渡してきた。

「こちらはどなた宛?」

「アルベルト・ガルさんに」

「勘違いすると恥ずかしいけど、でも、たずねるね。そのアルベルト・ガルって僕のことかい?」

 少女がこくんとうなずく。

「受取人はあなたです。開けてみてくれますか?」

 包みを破くと、念入りに錆びさせた防錆ボルトがチョコレートの箱に入っていた。

「これはまた……ずいぶんとお高いものを」

「そうでもありません。見て分かるように、わたしは錬金術を学んでいます」

 空色の髪と黒髪の逆転の種明かし。

 このボルトは自分が二十四時間で錆びさせたという少女だが、食べてみると、十年物のボルトと違いがない、大変美味なボルトだった。

「先日のお詫びに。お味はどうですか? 味見ができないもので」

「とてもおいしいです。今日一日で食べきってしまうかも」

「姫からの賜りものだ。もっと味わって食べろ」

「姫?」

 ああ、くそっ、と、ルシアは額に拳を当てる。

「申し訳ありません。姫。あっ、また」

「いいの。ルシア。ガルさん。ルシアの言う通り、わたしはかつて姫と呼ばれる立場にありました。でも、いまはただのエステルです」

「違います。姫は錬金公国の正当な後継者です……あっ」

 今度は、ごん、と音が鳴るほど強く、額に拳を当てた。

 護衛オートマタは秘密保持が苦手。

 これ以上、暴露をきかないほうがよさそうだ。

魔法使いは途方にくれた。

長き冒険の果てに王子は目が見えなくなり、体は激痛に軋んで痙攣し、人の言葉に耳を傾ける余力がない。

いかなる魔法によって、彼が長く辛い冒険の果てに探し求めた姫君が隣の部屋にいることを王子に教えられるだろうか!

             ――『高貴な器と銀の筆』 最終章 最終節 最終頁

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