『ハラン=イビトゥス記』 第12章 第2節
翌日、パン屋の鋳鉄看板に引っかかった黒焦げの腕を見上げつつ、ガルは考える。
空色の髪の少女と護衛オートマタ。
護衛オートマタがつくのは神官長クラスの大物だけだ。
しかし、倫理警察に追いかけられる大物なんて、どこにいる?
倫理警察が水たまりに寝そべって橋の代わりになり、大物の靴が汚れないようにすることはあるだろうが。
「下がれ! 野次馬どもめ!」
倫理警察が見物人たちを元いた位置へ押し戻す。
爆弾テロがあったのだ。
そのせいで、パッケージを運ぶのに一番都合のいい通りが封鎖されている。
非常線の向こうでは、公用の高級自動車がクレーターの底で真っ二つになり、高官と運転手と護衛オートマタは半径百メートル以内に飛び散っている。
倫理警察がパン屋の表に梯子をかけて、看板からぶら下がる腕を外す。
腕のなかからネジとちぎれたワイヤー、対人電気ショックガンがこぼれ落ちた。
『絹の帆、銀の竜骨、船首像には金の竜、水兵はどれも屈強です。陛下』
『オールを漕ぐのは?』
『もちろん異教徒の奴隷たちです』
――『ハラン=イビトゥス記』 第12章 第2節