『第六百三十三教国臨時委員会議事録』 71頁
ふたりの少女。人間とオートマタ。
奇妙だ。
人間のほうは空色の髪をしていて、オートマタのほうは黒い髪。
人間が空色の髪になることの規制があるかは知らないが、オートマタは新基準製造である場合、髪は人間との区別が瞬時につくよう、空色にしなければならない。
ふたりは何かを探しているようにも見えるし、探されているようにも見える。
そのときはまだ渡さなければいけないパッケージがあったので、深く考えず、通り過ぎた。
三日後にまた見かけた。西地区の商店街。
夕方。生鮮食品が値下がりするので、買い物客で混み合っている。
空色の髪の少女だけだ。
おそらく片割れのオートマタを探している。
人混みに紛れて見えなくなった。
この日はパッケージを渡した帰りだ。
パッケージは大きな円筒型の箱に入っていて、台車が必要だった。
受取人はその箱のなかのふた回り小さな円筒箱を取り出し、大きな円筒は持って帰れと言われた。
ボール紙でできているが、なかなか丈夫で、倉庫かどこかに持ち込めば、三十ピースか五十ピースくらいになる。
ただ、商店街で大きな台車を押すのは面倒だ。
一本、路地へ入れば、人はいなくなる。
灰青色の路地。鎧戸の閉じた倉庫が並んでいる。
『ボクシング。〈大砲〉モーガン 対 〈雄牛〉ターナー。無制限マッチ。北地区。臣民体育館にて』
『扉に小便をしないこと! 罰金50ランプ!』
こうやって町にある文字をただなぞるように見て、ガルは自分のなかに入り込み、休む。
「助けてください!」
空色の髪の少女。
追われているらしい。
ガルは少女を抱き上げて、空っぽの円筒に入れて、蓋を閉じ、一番近くの扉が開けっ放しの倉庫へ円筒を運び込んだ。そこには箱がたくさんある。正方形、長方形。円柱。
倫理警察がやってくる。
「おい、お前」
「なんですか?」善良な労働オートマタのふり。
「娘がこっちに来たはずだ。どこに行ったか言え」
「娘なんて見てませんよ。ああ、でも、少女オートマタなら、向こうに行くのを見たけど」
ふたりのバカは路地を西へと走っていく。倫理警察をコケにするのはいい憂さ晴らしだ。
そっと蓋を開けて、教える。
「もういったよ」
「ありがとうございます」
手を差し出して、箱から出る手伝いをする。
一連の動作はできるだけ紳士的に、優雅さを追求したつもりだが、なにか、失礼なところがあっただろうか?
と、いうのも――、
「ルシア、やめて!」
後ろを向くと、世界がひっくり返った。
気がつくと、倉庫に仰向け。
立ち上がると、パーツが軋む。
ジャケットの砂ぼこりを払い、資産の点検――箱が潰れているが、台車は無事だ。
よかった。台車は借りものだから。
路地への夕日の差し込み具合と暗さで、逆算し、自分が緊急停止していた時間は十一分だと出る。
このようなとき、人間は前後の記憶が飛ぶが、オートマタは飛ばない。
体術でぶちのめされて分かった。
黒髪のオートマタはルシアという名前で、非常に稀少な護衛オートマタだ。
召集:元老院付き臨時技術委員会
日時:192X年10月4日
採決:新基準オートマタ製造時の規制
1)頭髪を空色にすること
2)語尾に『にゃん』をつけること
結果:12対11で1)が採用
――『第六百三十三教国臨時委員会議事録』 71頁