『酒豪讃歌』 第3節
ここ数週間を思い返す。
アルベルト・ガルは自分でも驚くくらいノースエンドに馴染んでいった。
ボロボロだが住まいは借りることができたし、危険だが仕事も持てた。
商売上の信用はこれから上げるが、弾が五発入った銃がある。
「そんなもの、どうするんだ?」家主がたずねる。
「護身用だよ」と、ガル。
「倫理警察に見つかったら、マズいことになる。剣を覚えろ」
「剣を?」
「わたしが教えてやる。ちょうどヒマだった」
背はガルのほうが高く、腕力もある。リーチもガルのほうが長い。
だが、ガルは一度も勝てない。
「昔、騎士をしていた」
ハマグリのチャウダーを煮込みながら、家主は言った。
「この時代に?」
ガルは膝の外れかけた関節パーツをカチッと音がするまで押し込んだ。
「神官騎士だ。いま思い返すと顔が赤くなる。市電の切符の買い方が分からないほどの世間知らずだった」
「これだけの剣の腕がもらえたなら、世間知らずも十分ペイすると思うけど」
「運び屋らしい考え方だ。そうかもしれない。正直、練習用の剣を手に取ったのは三年ぶりだ」
「それはわざわざどうも」
「違う。この剣はあの壁の棚に置いてあった。紅茶の壺を置きたかったから、どかした。そのときに触って三年ぶり。剣を使って戦ったのは、二十年以上前の話だ」
「ますますわざわざ。二十年前。騎士ってやめられるのかな?」
「知らない。ある日、いつものように神殿の儀式に参加しようと橋を渡っていた。立ち止まって、川を見下ろすと、マスが泳いでいた。冷たい水のなかを気持ちよさそうだった。なぜかわたしはマスと一緒に泳ぎたくなった。剣とマントをそこに置いて、わたしは川に飛び込んだ」
「ええと」
「分かってる。わたしは頭がおかしい。おそらく記録ではわたしは投身自殺したことになっているはずだ。まさか、ここで下宿屋をしているとは思ってもいないだろう。運び屋は儲かるか?」
「それなりに。『チップははずむ』『怪しいものじゃない』『倫理警察にはコネがある』。クライアントがつく嘘トップ・スリーだ」
「チップは払わん。中身は危険だ。倫理警察に見つかったらあきらめろ。真実を告げられたら?」
「ほろ苦いね」
「ほろ苦いのはチョコレートだけで十分だ。そうじゃないか?」
「わからない」
「ん?」
「チョコレートを食べたことがないんだ」
骨砕け、肉が割れ、血があふれようとも、一杯の濁り酒に口をつける、幸福よ!
――『酒豪讃歌』 第3節