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『対価論』 79頁

「飢え。寒さ。黒く冷たい鏡のような海」オートマタ・カフェに集まりあり。販売オートマタのケリーが言う。「そういうものが人間をおかしくしちまうんだ。ああもう、缶詰がひとつもない。じゃあ、二等航海士を食おう」

「倫理警察に引っぱられるほどのことかな」ガルは自動車用オイルを注文する。「つまり、僕らがみんな一人の労働人間につくられたなんて叫ぶのにそこまでの価値があるのか?」

「やつもあれで幸せなんだよ」洗面器商のオートマタが肩をすくめた。「正直、やつの言ったことが本当かどうかなんて、関係ないんだ。おれたちが再生紙工場の十時間労働者につくられたからって、洗面器が飛ぶように売れるわけじゃない。結局、あの人間がすべきなのは、ごきげんな車を一台、拝借して、乗りつぶすことだ。町の外側をぐるぐるまわる。そうしていれば、遠心力がくだらねえヨタを脳みそから吹っ飛ばしてくれるさ」

「そんなことしても、背は伸びない」

 販売オートマタのケリーは製造時の設定年齢が低かった。彼は十四歳くらいにしか見えない。だから、新聞の販売しかできない。

「ケリー。そう悲観するものでもないよ」ガルは慰める。「その見た目と発声装置から考えるに、きみは高級神官たちの召使オートマタにされる予定だったんだろう? そんなものろくでもないことになるのは分かり切っているじゃないか」

「犬と交尾ファックさせられる」と、洗面器商。「もっとえげつないことをさせられる。指折り数えて教えてやろうか?」

「くたばっちまえ、アーロン」

「神官の腐敗と堕落を特等席で拝めるんだ」洗面器商のオートマタ=アーロンがせせら笑う。「タコみたいにぐんにゃりソファに横になってる神官の口に葡萄の粒をひとつずつ運ぶ。それに詩を読まされる。どれもこれも過度の飲酒の素晴らしさと同意なき同性愛をテーマにしてる」

 洗面器商オートマタであるアーロンは人間の窃盗団とかかわりのある悪党オートマタでもあった。これまでに時計工場や倉庫といった押し込みをやっている。そんなアーロンだが、アルベルト・ガルには一目置いていた。彼は人間を殺したことはない。扉の鍵を渡さない生意気な倉庫番を痛めつけたことはあるが、殺そうなんて、とんでもない! 考えたこともないのだ。

 ガル。「なあ、ケリー。新聞を一部くれないか?」

「政治は?」

「載っていないやつがいいな。――うん。カディア新報。どれどれ。――将軍と大臣の乗った飛行機が墜落。生存は絶望視。子どもがひとり行方不明。これは飛行機墜落とは関係がない。しかし、写真がないのは不親切だ。九十八歳の神官、手回しオルガンにご執心。今週の異端審問。ついてない名前の羅列。穀物取引所。小麦、0.23。マルン麦、0.90。米、0.39。漁船団投資。タラとカニ。違う、タラバガニだ。紛らわしくてよくない。高品質。薬剤強化ワインがあなたを胃痛から救う! 炭酸は体によく、砂糖は栄養があり、興奮剤があなたの精神を強化。これ、麻薬じゃないのかな?」

「何かもっとひでえニュースはないのか?」

「キノコオムレツ。トマトオムレツ。チーズとハムのオムレツ。オムレツ専門店コトラト。ケリー、給仕を募集してるぞ。オートマタも歓迎だってさ」

「おれの背丈を見て、手のひら返すぜ」

「そうかもしれないね。――ああ、これなんか、みんなの気に入るんじゃないかな。連続狙撃事件。あちこちの町で、もう三人殺られてる。グランデール辺境軍管区司令官。バノン高等法院参事官。カームズ特別使節神官。驚いたね。本当に高官ばかりだ」

「いいニュースだ。お偉いさんも、いつ頭を吹っ飛ばされるか冷や冷やしながら、生きる辛さを思い知ればいい」

刀鍛冶マトスは誰も見たことがないほど美しい剣をつくった。

それ以来、彼の妻と娘を見たものはいない。

                          ――『対価論』 79頁


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