『コポルクク、チャールズの写本』 260頁
「人を殺すのは、――とても寂しかったよ」
「楽しくて殺すやつもいます。あなたはそうじゃない。いいことじゃないですかな?」
倫理警察に小突かれる。
運び屋オートマタの不愉快な日常だ。
倫理警察はガルのパッケージを手荒く扱う。
壁にぶつけたり、地面に落として蹴飛ばしたり。
出窓のある家にぶつかって、ころころ転がるそれは小さな煙草の缶のようだが、煙草を吸う美女の絵はプリントされていない。ラベルなしに曇り加工、蓋は頑として開かない。そういう缶だ。
倫理警察は蓋を開けようとしている。
もうひとりの倫理警察はガルの頭に銃を突きつけて、壁のほうへ押しつける。
クライアントはみんな言う。「なに、怪しいものじゃない」
だが、今回のクライアントはこう言った。「なに、危険なものじゃない」
ふたりの警官はずいぶんパッケージをいじめた。
毒ガスが漏れ出したり、衝撃に弱い信管が爆発したりしても不思議ではないほどの衝撃が与えられている。
あのクライアントはチップをはずんだ。二十ランプ。
「ほんとに危ないものじゃないんだ。でも、ほら。雲行きがあやしい。雨が降るかもしれん。だから、さ。別料金を先に払っておくわけだ」
現在、ノースエンドの天気は快晴。南東の風三キロ。
あわれな運び屋オートマタは危険じゃない危険なものを運ぶ途中で倫理警察の嫌がらせを受ける。
それを止めようとするものはもちろんいない。みな遠巻きに眺めている。なかにはレストランで魚のフライを食べながら眺める、とてもとても趣味のよい人間もいる。
「あの中身はなんだ?」
「知らない」
銃のグリップで頭を殴られた。痛みはないが、視界がぐらつく。
「もう一度きく。中身はなんだ?」
「知らない」
今度はわき腹にパンチが飛ぶ。痛みはないが、ギアがカチャカチャ鳴く。
「中身は、なんだ?」
「ジャケットの左のポケットにこたえがある」
倫理警察は乱暴にポケットをまさぐる。
倫理警察は二枚の十ランプ札を見つける。
倫理警察はガルを解放し、パッケージをその足元に蹴飛ばしてくる。
パッケージにはキズひとつない。
爆発もしなかった。
少なくとも受け取りを済ませるまでは。
旅の楽士、軽率なり、されど、あの死に様は過ぎたる惨さ。
――『コポルクク、チャールズの写本』 260頁