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『サレンの物語』 軍記の章 第8

 いろいろあったが、上々の滑り出しだ。

 まだ午前七時だが、オートマタ専門の酒場は開いている。マッコウクジラの脳から搾った高級オイルを一杯注文し、ひと息に飲み干す。

「同じものをもう一杯」

 さっき飲んだ分とこれから飲む分として、十ランプ札を二枚カウンターに置く。

 錆びたボルトをつまみながら、午前七時に琥珀色の機械オイルを口にする贅沢を楽しむ。

 オートマタの店主はガルに事務所が休みになったのかとたずねる。

「いや、僕は書記オートマタじゃないよ」

「その眼鏡は?」

「元書記オートマタなんだ」

「じゃあ、いまは労働オートマタか?」

「近いところ。僕は運び屋オートマタなんだ」

「この町じゃハードな仕事だ」

「その洗礼は受けたよ」

「人間の運び屋でもうかうかしてたらバラされちまう。オートマタとなれば、もっとひどい」

「この町でも人間とオートマタはうまくやってないのかい?」

「どっちにも過激派がいる。何もしてなくても倫理警察にはいびられるしな。だが、昔はうまくやってた。あのころはいまみたいにオートマタは人間そっくりに作られていなかった。いまから十三年かそこら前、軍事オートマタを作るかどうかで国がもめてたときはひどかった」

「この店はそのころから?」

「いや。おれは経営オートマタだ。昔は小さな鉱山の経営を任されていたんだが、ミスリルの鉱脈を当てちまってな。人間が直接経営することになって、おれはお払い箱にされた。あの時期は継承戦争のころだから、ヒマしてるオートマタはみんな工場で軍事改造を待っていた。結局、土壇場でそれはなくなった。戦争が終わるのがあと一日遅れていたら、おれたちは歩く大砲に姿を変えさせられて戦場に出ていたかもしれない」

「そのほうがよかったかもしれない」

「ほう?」

「オートマタの仕上がりが人間に近くなればなるほど、人間は差別を激しくする」

「怖くなったのさ。あいつら」

「うん」

「おれは見た通り、旧式の基準で作られているから、まだいいが。まったく、自分たちで作っておいて、厄介なやつらだよ。現在だって、オートマタの製造を旧式に戻すつもりはないんだからな」

 店主は手を差し出した。旧式関節機構を持つ大きな鋼鉄の手。

「ハインズだ。朝からマッコウクジラの脳油を二杯も頼む客はいつでも歓迎だ」

「アルベルト・ガル。何か運びたいものがあったら、僕に言ってくれ」

 ガルも手を差し出す。

 アルバート。一応、あのことを言っておくのがフェアじゃないのかい?

「一度、人を殺したことがある」

「かまわんさ」

 ふたりは握手した。

女神像が突如叫び、赤い涙を流した。

蛮族たちが世界の反対側で友愛の信徒を斬り殺している。

国じゅうの男たちは武器を手に取り、同胞を救うべく旅立った。

それから七年経った。

男たちはひとりも戻らず、女神はまだ叫び、赤い涙で神殿を濡らしている。

                   ――『サレンの物語』 軍記の章 第8

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