アザンカルムの石碑より転写
早速ひとつ目の仕事。記念すべき第一の仕事(それは一枚のメモの姿であらわれた。ドアの下から滑り出て、パッケージを受け取りに、その住所へ行くようにと指示が書いてあった)。
指示にあった場所は怪しげな階段を降りた先にあった。
葉巻の煙で白く濁った地下室。カードテーブルがいくつもあって、帽子をかぶったままの粗野な男たちが不機嫌な顔で手持ちのカードを睨んでいる。くしゃくしゃの紙幣がテーブルの中央に集められていて、銃が重石の代わりにのせてある。
午前二時に集まってカードをし、銃を重石に使う人間がまともな人間ではないのは分かる。
だが、ガルは運び屋オートマタになったのだから、このくらいのリスクは呑まねばならない。
「こいつを南地区の壁龕通路に持っていけ。壁龕のひとつが空っぽだから、そこにこれを置いて、目を閉じて、十数えろ。絶対に目を開けるなよ。十数えて、まぶたを上げれば、パッケージが消えて、報酬がそこにある。四百ランプ。悪い仕事じゃねえんだから、きちんとやれよな」
そういうと、クライアントは短くなった葉巻を分厚い唇のあいだに突っ込み、カードに戻った。
壁龕。
要するに壁を削ってつくらせたへこみ。
そのへこみに聖なる石像か水が流れる蛇口を入れる。
ノースエンド市内には890ヶ所に壁龕がある。
そのうち聖なる石像を入れている壁龕は610ヶ所、蛇口が70ヶ所、その他210ヶ所に何があるか、あるいはないかは神のみぞ知る。
南地区。建物が途切れた真空みたいな道。
片側に古い壁があり、そこに聖人像のある壁龕が並んでいる。
一番南東の壁龕には台座があるが、像はない。
太陽が内陸の山の縁から黄色くにじみ出す時刻。
周囲は空き地。人はいない。
ガルはジャンプして、手の指を壁の上縁に引っかけ、ぐぐっと体を引き上げる。
壁の向こうも空き地。人はいない。
手を放して降りると、一台の六シリンダー自動車が走ってきた。自動車は止まり、運転席から男が顔を出した。
「手はずが変わった。おれにパッケージを渡してくれ」
「クライアント本人が変更を告げないと、受け渡しは変えられない」
「やつ本人から言われて受け取りに来たんだ」
「クライアント本人が変更を告げないと、受け渡しは変えられない」
ガルはできるだけオートマタらしい事務的な態度を崩さない。
男は膨らんだ上着の内側に手を突っ込んで、銃を抜いた。
「パッケージをよこしな。このトンマな人形――」
ガルは男の手首をつかんだ。
少し内側にひねると、男は悲鳴を上げた。
さらにひねる。つまり、ねじる。
銃弾が発射され、男の右耳が少しちぎれた。
車は走り去り、ガルは壁龕の台座にパッケージを置いて、目をつむり、ゆっくり十数えた。
まぶたを開けると、パッケージはなくなっていた。二十ランプ札二十枚が置かれていて、重石のつもりか、先ほどの男が落としていった銃が置いてあった。
紙幣を全部財布にしまい、銃を手に取る。
よくある六連発で大きすぎず小さすぎない絶妙なサイズだ。
横に弾倉を開けて、先ほど撃った空薬莢を落とし、残り五発を込めて、弾倉を戻した。
倫理警察に銃が見つかると厄介なことになるが、今後、ああした場面が絶対にないとも言い切れない。
そもそもオートマタであるだけで鉄パイプで殴ろうとする手合いもいる。
世界唯一の人を殺したオートマタであれば、なおさら危険だ。
ただ、ガルは現在、世界で唯一の殺人を犯したオートマタだが、それは史上最後を意味しているものではない。
その証明にこの銃を使うことがないよう、願うばかりだ。
ここにハーラン美髯王を生き埋めにす。かの王は生きながら、地底を統べるなり。
――アザンカルムの石碑より転写