『コポルクク、ある女性聖職者の写本』 76頁
アルベルト・ガルは放り出された。
場所は北方の港町ノースエンド。
彼を乗せていた蒸気帆船はもう入り江の出口。石炭の節約。水夫たちは索具を放り投げるようにやり取りし、帆は降りて、風をはらんで膨らんだ。
乗客のなかで迎えのないのは彼だけだった。彼にはこの街に知り合いはいない。だが、彼を知っている人間やオートマタはいる。そのはずだ。
どうにもよろしくないな、アルバート。
僕がこんなふうに放り出されていいはずはない。
それも迎えもいないなんて。
どうかしてる。
人は罪びとを忘れることはあっても、その罪を忘れることはない。
僕の場合は?
言わずもがなだ。
小さな船着き場。小さな漁船が小さな箱から小さなニシンをこぼして、小さなカモメが小さなくちばしで、ニシンの小さな目をえぐる。
この小さな世界で唯一大きなものは漁師だ。
何十年という飲酒習慣で顔を赤く焼いた白ヒゲの漁師。
金持ちは貧乏人に自分の取り分をこぼしたりしないが、漁師は違う。どこまでも広い海の上にて、カモメたちが集まるところに魚の群れがあることは周知の事実だ。
ガルのために何かをこぼしてくれる存在はいるのだろうか?
彼が船を降りても誰も迎えに来ないのに?
彼にはあらかじめ渡されたメモがある。
帳簿の一ページ。罫線を無視して斜めに書いてある。東地区、音楽隊通り22番地。
メモを書いてちぎった男はこう言った――まさかとは思うが、誰も迎えに来なかったら、この住所に行け。
「すいません。東地区、音楽隊通りの22番地に行くバスはどこから出ていますか?」
「あそこの角のバス亭。三番線」
この街にやってきて、初めての言葉。会話。質問。回答。
うん。まずまずだ。アルバート。
舳先が砕いた氷の上に人が住んでいた。
――『コポルクク、ある女性聖職者の写本』 76頁