お風呂の怖い話
あらかじめ申し上げておきますが、このお話はお風呂に入る直前の人は決して読まないで下さい。
お風呂。
ホンワカとして気持ちのいい響きです。
でも、事と次第では、非常に恐ろしい場所に早変わりします。
勇作はお風呂好きです。
仕事から帰って来ると、まずお風呂です。
一人暮らしの独身サラリーマンは、誰もがそんな暮らしなのかも知れません。
あまり感心しない事なのですが、彼はどんなに酔っ払っていても、まずお風呂です。
以前付き合っていた彼女に、その事を咎められたのですが、勇作は全く意に介さず、ベロベロに酔っていても、平気で湯船に浸かりました。
彼女はその事を呆れた訳ではないのですが、勇作の自由気侭さ、悪く言えば身勝手さに耐え切れず、自然と付き合いは解消されてしまいました。
しかし勇作はその事で落ち込みもせず、毎日を過ごしていました。
そんなある日。
その日も残暑が厳しく、外回りをした勇作は、一刻も早くアパートに帰って、湯船に浸かろうと家路を急いでいました。
「到着!」
勇作はドアを開けるなり叫び、ロックをすると、玄関で服を脱ぎ始めました。
いくら一人暮らしとは言え、あまりに行儀が悪いです。
彼はあっという間に素っ裸になり、バスルームに向かいました。
お風呂はタイマー予約ですっかり準備完了です。
「よーし!」
入るまでは行儀知らずですが、きちんと掛かり湯をしてから湯船に浸かるのは、さすがお風呂好きです。
「あァー……」
肩までお湯に浸かり、まるで頑固ジイさんのような唸り声を出します。
「生き返るゥ」
本当にお風呂が好きなようです。
「さてと」
湯船から上がり、まずは頭を洗います。
「フオーッ!」
すっきり爽快のシャンプーで洗うと、そんな声が出るようです。
「あああ」
ゴシゴシと指の腹で頭皮マッサージです。
その時でした。
「えっ?」
自分の手以外のものが、彼の頭皮を刺激しているのです。
思わず手を止めてしまいます。
「?」
勇作は顔に着いた泡を拭いながら、恐る恐る振り返ります。
案の定誰もいません。
「気のせいか」
自分に言い聞かせるように呟き、彼は再び頭を洗い始めました。
「ひっ!」
気のせいではありません。
確かに誰かが頭皮を刺激しているのです。
「誰だ!?」
彼は、目にシャンプーが入るのも構わず、素早く振り向きました。
しかし誰もいません。
「いない…」
勇作は、今度は「気のせい」には出来ませんでした。
確実に誰かが頭を触っていたのです。
その時、ポタン、と天井から水滴が垂れました。
「?」
その水滴は、何故か泡立っており、粒も妙に大きいものです。
勇作は生唾を呑み込み、天井を見上げました。
するとそこには、長い髪の痩せ細った白装束の女が、涎を垂らしなかがらヤモリのようにへばりついていたのです。