表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/26

ランジュ、アインと出会う

この回は、コミカライズリスペクト描写も入っています。






 グログから接触されて以来、ランジュはクランの側から極力離れないようにしていた。

 だがとうしても舌が、体が悪魔界の料理を欲する時がある。そんな時は悪魔界へ行くと、素早く菓子を掴んで、またすぐ人間界に帰る。


「忙しないわね、もっと優雅にでき……」


 ルフェーがなにか話しかけてきたが、いつまたグログが来るか分からない。仕方なしとランジュは無視をする。


「な……っ」


 残されたルフェーは、怒りで体がわなないた。愚妹に無視をされた、そんなことはこれまで一度もなかったのに。いつも黙って言われっぱなしの妹。それなのに、無視をするなんて。


「信じられない! 人が話しかけているのに、無視をするなんて!」

「落ちつきなさい、ルフェー」

「でも、お母様!」

「ランジュは今、フログの息子のせいで面倒なことになっているのよ」


 子どもたちがきちんと書を配っているか、王と父により、たまに監視されていることはルフェーも知っている。

 そしてグログが自分と話した後、人間界へ向かい、ランジュと接触したことも。


(あの男、あいつを人間の男に奪われたくなくて必死ね。だけどこのままでは、グログの恋が叶うとは思えない。誰がどう見ても、グログの片思いだし……。なぜ人間界へ行ったのかしら。もしかしてグログ、おじ様のように、あいつをどこかへ閉じこめるつもりだった?)


 だとすれば、相談してくれれば良かったのにと思う。

 大嫌いな妹を誘拐する手助けなら、喜んで手を貸したのに。


「それにしてもあの愚息、なにを考えているのかしら。旦那様の予想では、ランジュを連れ去ろうとしたようだけれど……。旦那様と私のように愛がなければ、それはただの暴力なのに困ったものだわ」


 困ったと言いつつ、惚気(のろけ)るところが、母だなとルフェーは思う。


(やっぱり連れ去るつもりだったのね。どうして失敗したのかしら。やるなら上手くやりなさいよ)


 ルジーはグログが動いたことに、長女が関与していないかと観察していた。

 ルフェーがランジュを嫌っていることには、もちろん気がついている。ルフェーが人間の血も流れており、完全な悪魔でないことを嘆いていることにも気がついている。だから完璧を目指し、人間に近い妹を嫌っていることも気がついている。

 けれどルジーは放置する。

 なぜなら彼女自身、双子の妹と不仲だったからだ。


(家族とはいえ、絶対に仲良しでならなければならない決まりはないし……。結局、性格が合う、合わないという問題なのよね)


 そういう意味では、三女と四女は仲が良い。二人でよく行動し、なにかあれば二人だけでひそひそと話し、笑っている。

 特にランジュがルフェーから叱られる姿を見ることを、好んでいる。

 先ほどルフェーが無視された姿を覗いており、ひそひそ話すと声を殺して笑い、二人はどこかへ行ってしまった。



◇◇◇◇◇



 そしてついにランジュたちは、アインのいる都に到着した。

 都の出入り口となる門から教会までは距離があるため、乗合馬車を利用することになった。

 屋根は革製だが、他は全て木で作られている。振動が直に伝わり、尻を痛める。その一点だけが不満だったが、窓から見える光景に、ランジュはセウルと一緒に目を輝かせる。


「まあ、今までで一番大きな都ね。見て、露店があんなに沢山並んでいるわ! 一日あっても、全部を見て回ることは無理ね」

「あっちには大きな噴水があるぞ。彫刻も飾られていて、やっぱり大きな都は違うなあ」


 素直に感動し、はしゃぐ二人の姿に、乗り合わせた他の乗客は和やかに見つめていた。


「二人とも、この都は初めてなのかい?」


 向かいに座っている杖を持った老人が、笑顔で二人に話しかけてきた。


「はい、初めてです。……あ、すみません。つい楽しくて、はしゃいでしまいました。うるさくして、ごめんなさい」

「ははは、文句なんてないさ。むしろ自分の生まれ育った都を楽しんでくれている姿を見られ、嬉しいよ。もし時間があれば、あの露店通りへ行くと良い。あの辺りには美味しい店がいっぱいあってね、甘いお菓子もあるから、おじょうちゃんも気に入るよ」

「じいちゃん、こいつ辛党なんだよ。甘い菓子には興味ないんだ。いつも料理に驚くくらい、香辛料をぶっかけるんだぜ」

「セウルッたら! 恥ずかしいじゃない、そんなこと言わないで!」

「なんだよ、本当のことだろう?」


 まるでじゃれ合うようにやり取りをする二人を見て、乗客たちも一緒に笑う。だが一人、クランだけは複雑な思いになっていた。

 ルジーと親しかった頃を、思い出していたのだ。


「ルジーは本当、その絵本が好きだね」

「ええ、亡くなったおばあ様からの贈り物で、とても思い出深いの。あ、そうだわ。二人とも見てちょうだい。今読んでいる本に王子様が登場するのだけれど、その王子様の挿絵がほら、クランに似ているのよ」


 そう言うと、ルジーは挿絵を見せてきた。


「本当ね、クランに似ているわ」


 覗きこむと頷く姉の隣で、クランは気恥ずかしさを覚えていた。

 ルジーにとって深い意味はないのだろうが、「王子に似ている」と言われ、照れくさく恥ずかしく……。だが、悪くない気持ちでもあった。

 “王子様”は女の子にとって、憧れの象徴という印象がある。そんな単語と自分をルジーが結びつけてくれたことが、なにより特別に思えた。

 だから姉に「クラン、照れている?」と言われ、顔を真っ赤にしてしまった。

 むきになり「照れていない」と言ったが、二人からは「やっぱり照れているのね」と言われ、笑われた。


(……まただ……。また昔を……。駄目だな、ランジュを見ていると、ルジーを思い出してしまう)


 それも楽しかった頃の記憶ばかり。もう二度と戻らない関係。

 過去を思い出せば、あの信頼を失った日からの、ルジーの感情のない目も思い出す。それが彼にとって、辛い現実だった。


 馬車での移動を終えた二人には、すぐに行くべき教会がどこか分かった。

 一際大きな三角屋根の建物。その頂点には、十字架が掲げられている。正面から見える窓の幾つかは、ステンドグラス。そんな教会に隣接するよう、幾つかの四角い建物も建っているが、それらもきっと、教会に関係するものだと予測できた。

 さっそく歩き出し、ここから教会の敷地を示す柵をこえた時、最後を歩いていたランジュの両目に、一瞬痛みが走った。


(なに? 両目が同時に痛むなんて……)


 だがそれも一瞬のことで、特にそれから視界に異常が現れることもなく、ランジュは二人の後を歩いていた時、急に頭に父の声が響いてきた。


『ランジュ……から…………れろ………』

『お父様? 魔法ですか? なにを言われているのか、声が途切れて、聞き取れません』

『……来て……ま………………』


 モリオンの声が途絶え、ランジュが戸惑っていると、教会の重厚な扉が開き、中から一人の老人が出てきた。


「クラン、久しぶりだね。元気にしていたか?」


 その老人は優しい雰囲気に似合う声で、クランに声をかけてきた。


「父さん、久しぶりです。父さんこそ、元気にされていますか?」


 クランが父と呼ぶのは、一人しかいない。


(この方が……。教皇アイン様……。温厚そうな方だわ……)


 そんなことを考えていると、肌にちりっ。とした痛みが走った。

 虫に刺された気配はなく、首を傾げていると、アインは二人にも声をかけてきた。


「ようこそ二人とも。はじめまして、私はクランの父、アインです。君たちがセウルとランジュだね? クランから手紙で君たちのことを聞いているよ」


 そして握手を求められ、その手を握り返そうとした時、それは起きた。

 静電気なんて優しいものではない。バチン! という大きななにかが弾けたような音が鳴り、互いを拒むように電気が走った。

 その瞬間、ルジーは自分の中から、鏡を見なくても父の魔力が消えたと分かった。つまり今、自分は本来の姿に戻ったのだと。


(……まさか、お父様……。この場所から逃げろと、そう言いたかったの……?)


 あれだけの電気が走ったのに、二人とも無事だった。

 だが、その巨大な音よりなによりも、三人ともランジュの姿を凝視(ぎょうし)した。

 瞬時にして、ランジュの髪、そして瞳の色が変化したからだ。


「ルジー……?」

「ルジーさん……」


 ルジーを知る二人には、ランジュが昔、姿を消したルジーにしか見えなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 教皇、ちゃんと信仰心あるのに驚いた。普通、宗教のトップといったらハゲでデブで脂ぎった醜悪なおっさんではないのか!(偏見) ここからの教皇裁き、一体どうなるのか楽しくなってきた。 [一言] …
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ