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ランジュの新たな向かう先

 焚火の前で、クランが淹れてくれたばかりの紅茶が入ったコップを持ち、ランジュは鼻をすすっていた。

 コップと焚火の温まりが、ランジュに安堵をもたらしていたが、いつまでもそれに浸られる状況ではなかった。

 グログについて、二人へどのように説明をするか。それを決める必要に悩まされた。


「……突然、現れて……。それで、私を、どこかへ連れ去ろうとして……」


 嘘ではないが、全ては語れない。慎重に言葉を選びながら話すと、たどたどしい言い方になる。そして語れない事実を飲みこむよう、時々、紅茶で口の中を湿らせる。

 悪魔が実在することを知る二人は、ランジュの話を疑いもしない。だがクランには、懸念(けねん)していることがあった。


「ランジュ、これまで悪魔に狙われたことは?」

「いいえ、ありません」

「では、周囲の人間……。例えば、家族が悪魔の書に関わった可能性は?」

「え?」


 驚いて顔を上げクランを見れば、彼は真剣な表情だった。

 まるで、なにか確信でもあるようなその表情の意味が、ランジュは分からなかった。そのせいで、不安に襲われる。自分の正体に感づかれたのかもしれないのだから。だがその心配は、ただの杞憂(きゆう)であるとすぐに判明した。


「私の知り合いにいたんだ。多くの人を助ける為、己の命と引き換える覚悟を決め、悪魔の書を使用された方が。ところが呼び出された悪魔は、代償として花嫁を望み、その方は家族を奪われた」

(……その話……)


 どくんと、大きく心臓が脈打つ。

 母が人間界でどのように暮らしていたのか、子ども達は誰も知らない。だが、なぜ種族を越え両親が結婚をしたのか、大まかな流れを聞いたことはあった。


「花嫁として連れ去られたのは、私の幼なじみ。君に似ている、ルジーという名の女性だ」

(やはり……!)


 そこから語られるクランの母の生家、レックス家での出来事。ほとんどが初耳だった。

 なぜ曽祖父が悪魔の書を使ったのか、なぜ母は人間界に未練がないのか。様々な謎が明かされていく。


(きっとお父様は、わざと叔母様の手に紋様を浮かばせ、誑かせ(たぶらかせ)たのね。目に見えることを信じやすい点を利用し、お母様を孤立させ、自分へ依存させるようにしたのだわ。本当、お父様はどこまでも悪魔……!)


 以前父の言っていた、「自分好みの女に育てる」という言葉も、今ならよく分かる。

 点と点だったモノたちが繋がり、全体が見えてきた。


「だからランジュの前に悪魔が現れ、連れ去ろうとしたのであれば、レックス家と似た状況ではないかと思ってね」


 クランの推理は間違っている。

 そもそもランジュが人間という前提から間違えているので、無理もなかった。まさかランジュに悪魔の血が流れているとは、想像すらしたことがない。さらにその連れ去られた、幼なじみの娘とは……。ルジーが、悪魔と楽しく暮らしているとは、有り得ないと思っていた。

 しかしその間違いを正すことは、ランジュにはできない。

 真実を知られれば、二人は自分を嫌い、離れていくだろう。それが恐ろしくて無理だった。


「……前から思っていたんだけど、そのルジーって人、どうなったんだろうな……」


 枝を折り焚火に放りながら、セウルが誰に尋ねるでもなく、口にする。


「どうだろう……。長年私たちを(あざむ)いていた悪魔だ。良い目に合っていない可能性が高いだろう」


 その推理も間違っている。

 この場に当のルジー本人がいれば、激高したであろう。それほど彼女は、悪魔界こそ自分の生きる世界であり、人生を謳歌しており、心配されることはなにもないと。

 愛し愛される夫婦、子どもも七人いる。幸せと呼べるだろうと、ランジュは思う。


(……だけど、言えない……)


 コップを握りしめる。

 黙り嘘をつき、罪や苦しみが層を成していく。体を足下から飲みこんでいき、身動きが取れない。それを耐えることは辛く、いつか無理が訪れるかもしれないが、それでもランジュは口を閉ざす。

 全てを打ち明け、今までの関係が崩れないという保障がない限り、口を閉ざすしかない。

 そしてそんな日は、永遠、訪れることはないだろうと、頭のどこかでは分かっていた。


「やっぱりそうだよな……。だって、悪魔だもんな……。俺の母ちゃんだって……。だから、生かされているはずがない……っ」


 一気に数本の枝を折り、それをまた焚火に放る。

 怒りにより開かれた口を閉じることは、もうセウルには無理だった。


「俺の母ちゃんは偶然、悪魔の書を手に入れた! その頃、父ちゃんは冤罪のせいで仕事を失って、荒れていて……。母ちゃん、疲れていたんだ。だから楽になりたいって、そう願ったら、あの悪魔……! 俺と父ちゃんの前で、母ちゃんを殺し、その魂を食ったんだ!」


 思い出すだけで激情にかられ、上手く説明ができない。ただ浮かぶ言葉だけを、セウルは叫んだ。

 ランジュはすぐに分かった。

 悪魔によっては、人間の願った内容の言葉を巧みに聞き取り、自身の都合が良い内容に変えることがある。セウルの母が呼び出した悪魔も、そのタイプだったのだろう。


(悪魔は人間に代償を払わせることで、願いを叶える。お父様も、それでお母様を手に入れられた)


 モリオンのように、他の対価を求める悪魔もいるが、結局は悪魔と契約を行った罪により、その者の魂は天の国へ行くことができず、呼び出された悪魔が魂を入手する。


(お父様は強欲だわ。花嫁だけではなく、結局、魂も入手されたのだから)


 しかしそれは、魂だけでは釣り合わないほど、高価な願いだったとも言える。


(セウルのお母様は、楽になりたいと言われたそうだから……。きっと、死を与えることで、生きる苦しみから解放させたと持っていったに違いないわ。楽になりたい、それだけなら、生死について触れていないから、殺すことも可能)


 しかし死は望んでいなかっただろうと、予想する。


(それほど追いつめられていたのでしょうけれど、悪魔へ願いを叶えてほしいと依頼することは、相応の覚悟が必要。曽祖父のように、自分の命を捧げるような覚悟が……。それなのに、どうして神は人間を助けないの? それほどの覚悟を持つ人間の願いを、なぜ叶えないの?)


 どれだけ考えても、毎回、ランジュには神の考えが理解できなかった。


「さて、これからだが……。ランジュが悪魔に狙われているのであれば、また同じような目に合うだろう。幸いここから、私の父が住む都は遠くない。そこへ向かおう。父はルジーが連れ去られた後も、ずっと悪魔の書について調べている。なにか新しい情報を得ているかもしれない。それに、きっと力となってくれる」

「クラン様のお父様?」


 名前を聞かなくても、その存在は悪魔界では有名で、ランジュも知っている。

 しかしまさか自分が神を強く信仰する、有名な男に会うことになるとは……。

 クラン以上に悪魔から忌み嫌われている、クランの父。その名は……。


「ああ、この国の教皇、アイン様だ」

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