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ランジュを狙う男

 二人と旅をすることになり、この日も休憩だと森に近い野原で昼を食べることになった。

 森で拾った木を使って火を焚き、干し肉を入れながら慣れた手つきで料理をするクランの横顔をランジュは見つめる。


「クラン様、初めてお会いした時のことを覚えていますか? 私、そんなにお知り合いの方に似ていたのですか?」

「……そうだね……。なんというか……。顔の作りもだけど、特に雰囲気が良く似ている。ランジュはあまり感情を見せないだろう? そんな所とか……」


 渡されたスープの入った器を受け取りつつ、ランジュは本気で誰の話をしているのかと考える。


(感情を見せない? あのお母様が?)


 ランジュの知る母は、感情豊かだ。特に父が絡むと、激情を見せる。


「クラン様、それ、ランジュに対して酷くねえ? だけどランジュって確かに冷静っていうか……。うん、そうだよな」


 それはそれでセウルも失礼ではないかと思うが、顔の筋肉は働くことを止めていることは否定できない。


(……だけど、あのお母様だもの。逆に人間界は、生き辛かったのかもしれない)


 ルジーがどのような生活を人間界で送っていたのか、ランジュを含め、子ども達は知らない。

 本人が語らないのだ、未練のない過去だと。

 ただ『生まれる世界を間違えた』と言ったことは、記憶していた。


「それにしてもランジュは本当、味覚が変わっているよな」


 セウルに言われ、器に香辛料を加えながら答える。


「私、辛いものや味が濃いものが好きだから」


 山のように積もる香辛料だが、これでもランジュは二人の目を気にして遠慮している。しかし二人にとっては、異常な光景にしか見えない。

 ランジュにとって人間界の食べ物は見た目だけが良く、味は薄かったり甘かったりするだけで、美味しいとは思えない。もっと悪魔界のように、刺激や臭みが欲しかった。

 物足りないと、香辛料を加える姿を初めて見た時、クランとセウルは無言で会話を交わした。

“彼女に料理をさせてはならい”と。

 ランジュも二人……。人間と味覚が異なっていると自覚しているからこそ、率先して料理を作ったり、手伝ったりしない。


(駄目、やっぱり足りない)


 用を足すと言い席を外し二人から見えない位置に行くと、急いで悪魔界へ渡り、一口で食べられる菓子を口に放る。

 それは丸くて硬く、どろりと腐った沼のような緑色をしている。さらに口の中の水分が失われるほど、ぼそぼそとしている。その生地が口の中にくっつき、刺激を与えてくる。さらには生臭さが鼻を抜ける。


(こちらの食べ物は、味は良いのに、口当たりや見た目が悪いのよね)


 人間界に戻ると、水場で口をすすぐ。


(この臭いが苦手な人間は多いから、エチケットに気をつけないと)


 最後にハンカチで口周りの水を丁寧に拭き取る。


 そうやってランジュが人間界で生活を送っている頃、最近、彼女を悪魔界で見かけないことにフログの長男、グログは気がついた。


「よう、ルフェー」

「あら、グログ。あんたが私に話しかけてくるなんて、珍しいわね」


 悪魔モリオンと悪魔フログは、二人とも妻が人間で、しかもその二人は双子の姉妹である。だが二人の仲は極端までに悪く、フログの妻が妹のリューナだと知れば、ルジーが殺しに行きかねないと、本気で言われている。

 それはそれで愉快だとルフェーたちは思っているが、もしルジーに教えれば、我が子だろうと殺すと父に言われている。

 家族であっても、上位の者に逆らえない。そんなモリオン家の習性により、リューナは守られ生きられている。

 そして守られているから、その正体は秘匿とされ、両家の子ども達がイトコ同士とは知られていない。


 フログは皆に、人間を妻として迎え入れたが、独占したいので人前に出さないと明言している。

 さらに変に勘ぐられても困るので、子ども達は滅多に干渉し合うことはない。だからこそグログがルフェーに話しかけることは、珍しかった。


「最近ランジュを見かけないが、なにかあったのか?」

「あんた、あいかわらずあんな女を気にかけているの? 本当、趣味の悪い男ね」

「その言い方、お前も変わらない奴だ。見た目だけ、美しい」


 つまり内面に問題があると言われているも同義だが、グログに気に入られようと嫌われようと、ルフェーにとってはどうでも良いので無視をする。


「あいつ、今、人間界にいるのよ」

「なんでだ?」

「あいつ、町をうろついていることを例の布教使に見つかったのよ。それで言い逃れできなくて、仕方なく、布教使と旅をすることになっているの。本当、間抜けな奴だわ。人間なんかに見つかるなんて」

「例の布教使……。クランって奴か……。そうだな、そっちの家のお前たちの見た目は、完全に人間だからな。しかし布教使が近くにいるのか、厄介だな」


 悪魔界では、布教使クランは有名人だった。

 悪魔の書を禁書として焼くだけではなく、神への信仰心も厚い。力の弱い悪魔が近寄れば、消滅するほどに。だからこそ恐れられ、嫌われている。


「そう、布教使と旅をしている。ねえ、それがどういう意味か、分かる?」


 後ろで両手を組み、ほんの少し上半身を傾ける。グログが答えるより早く、ルフェーは言う。


「やっぱりあいつ、人間なのよ。魔法が使える人間」

「僕やお前の父たちのように、強いだけかもしれない」

「それはないわ」


 ルフェーの断言に、なぜとグログは思う。


「だったら私達兄弟の全員、あいつを格上と判断できるもの。でもそれを感じない」


 それを聞き、納得する。確かにモリオンの家系の特性からすると、当然である。


「本当、嫌な奴。このままずっと、人間界で暮らせば良いのよ。ああ、でもそうしたら、あんたの恋は一生報われないわね」


 組んだ手をほどくと、底意地の悪い思いが、そのまま現れたルフェーの笑み。それにグログは苛立ちを覚えた。

 悪魔らしいが、全く美しくない。彼の憧れる人間の姿をしているからこそ、余計に醜く見えた。


「それにあいつと一緒に旅をしているのは、布教使だけではないの。男の子も一緒ですってよ。一緒に旅をして苦楽を共にすれば、情が湧くかもね」


 先ほどまでとは違う感情が、グログの全身を走った。

 ルフェーに苛立ちを覚えたまま、焦り、恐れ、なにより不安が襲ってきた。

 もしランジュを人間の男に奪われたら……。想像するだけで我慢ならなかった。

 その様子をルフェーは愉快だと眺め、踊るような足取りでその場を離れた。

 一人になったグログの口から、ぽつりと声が漏れる。


「いっそ……」


 父のようにランジュを閉じこめてやろう。そうすれば、人間の男とどうこうなる心配はない。だがそれを実行するには、幾つも問題がある。閉じこめる場所もそうだが、一番はクランである。

 グログはクランに近寄れない。

 しかも神への信仰心が厚いクランと旅をしているくらいだ。その人間もまた、信仰心を持っているに違いない。そんな人間を二人も相手にすれば、消滅する未来しか見えない。

 だからグログはまず、ランジュが一人になる時を待つことにした。

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