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神の書

 頭がぼんやりとする。声も聞こえる。なにを言っているのかは、まだ完全に覚醒していないため、理解できない。

 そんな状態で、自分はなぜここにいるのだろうと考えた時、天井から降ってきた大量の黒い薔薇を思い出す。途端に頭が覚醒し、大きく両目を開くと、勢いをつけて両手を床につけて上半身を起こす。

 壇上から見下ろす形で立っているのは、アイン、クラン、セウルの三人。


「なんで……?」


 ランジュはモリオンに捕まり、そのまま玉座の間へ連れて行かされた。そして王から力を全て奪った後、消滅させると告げられ、王の髪の毛に全身包まれた。それがなぜ解放されているのか。どうして三人がいるのか、分からなかった。

 さらに振り返らなくても、膨大な力を持つ王と父が、背後にいることが分かり、体が震える。そこへ……。


「ランジュ、あの三人は貴女を助けに来たの」


 母親の声に驚き、つい反応してしまい振り向く。そこには両親、そして王の姿があった。


「ここまで来た人間は初めてのため、愚かな勇者に敬意を表し、最期の会話を許してやろうと思った。こういうのを慈悲と呼ぶのであろう?」


 そう言うと王は髪の毛を動かし、ランジュを三人のもとへ放る。


「ランジュ!」


 やっと目を覚ましたように、クランもランジュのもとへ駆け寄る。


「無事か? 怪我は? 刺されたんだぞ、お前!」


 セウルに言われ、洋服の腹部の辺りが破れていることに気がつく。


「目覚めさせるため、少しばかり魔力を戻してやった。直接注入した方が確実なので傷つけはしたが、すぐに治療も行った。慈悲深い私に感謝しろ」


 椅子に座ったまま髪の毛だけを動かし、魔法を使う王は、まさに別格の存在だとアインは思う。髪の量も部屋全体を包めるほどある。今はなにも包んでいないが、またいつ広がり、自分たちを包むか分からない。状況は最悪である。


(きっと扉を固定しているのも魔法でしょう)


 窓がなく、出入り口は扉だけの部屋。檀上の先がどこかへ通じているかもしれないが、王たちを通り過ぎることは無理な話。つまり逃げ道はない。

 ランジュに人間界への道を作ってもらっても、すぐにモリオンが追いかけてくるだろう。そんなアインの悩みを知らす、ランジュは叫ぶ。


「なぜ……! どうして来たの? 危険なのに!」

「ランジュを助けたいからだ!」


 誰よりも早く叫び返したのは、セウルだった。


「連れ去られて、どうしてあれから話をしなかったのかって、すごく後悔した。悪魔は憎い。だけどアイン様たちの言う通り、ランジュはランジュで、俺の憎い悪魔じゃない。俺の家族を殺した悪魔じゃない。ごめん、ごめんランジュ。俺が間違っていた」


 ルジーを正面から抱きしめ、セウルは泣き始めた。

 抱きしめられ、のどが痛くなり鼻がつんと痛むと耐えられなくなり、ランジュの両目から涙が溢れる。


「……違う、違うよ、セウル……。悪いのは私……。私が……。私こそ、ごめんなさい……っ。ずっと、ずっと嘘をついて……! でも本当のことを知られて、嫌われたくなかった! 知られたくなかった! 嫌われたくなかったの!」


 そんな二人をアインたちは、ただ見守るしかできなかった。

 逃げ道が見つからない以上、ランジュを……。皆を助けるには、やはりこれにすがるしかないと、アインは改めてローブの上から、それを握りしめる。


「最期の挨拶は終わったか?」


 ひゅんと髪の束が何本も飛んでくると、ランジュの手足を捕らえるように絡まり、彼女の体を引き上げ始める。


「ランジュ!」


 セウルが離さまいと強くランジュの体に抱きつくが、今度はそんなセウルの手を離そうと、別の髪の束が動く。

 その髪の毛を切ろうと動いたのは、クランだった。隠し持っていたナイフを振るが、たった一振り、当たっただけで簡単に刃は折れた。


「な……!」

「ふふふ、馬鹿じゃないかしら。王の膨大な魔力をまとった髪の毛に、そんなナイフで対抗できる訳ないじゃない」


 愉快だとルジーに笑われながら、今度は折れたナイフの切先で髪の毛を刺そうとするが無駄だった。あまりに頑丈で、ナイフはなんの力にもならない。それでもクランに諦める選択肢はない。


(一体僕はなにをしにここへ来た! ランジュを助けるためじゃないか! ルジーに再会し、目的を見失って……! ここでランジュを助けられなければ、セウルがどれだけ苦しむか……! セウルをそんな目にあわせたくない! 今度こそ悪魔に勝って、ランジュを助けてみせる!)


 ナイフが通用しなければ、その手でちぎってやると言わんばかりに、髪の毛を掴む。


「こういうのを、悪あがきと言うのかしら。そう思いませんか、旦那様」

「ああ、見苦しいものだ。ナイフより自分の力が強いと、本気で錯覚しているのかね。あの細い腕より、よほどナイフの方が凶器だという簡単なことを、なぜ分からないのか」


 夫婦で楽しんでいる姿に、もうルジーは別人になったのだと思い知る。


(僕が好きだったルジーはいない……! ルジーは変わった……。僕たちが変えた! ルジーという人間は、もうどこにもいない!)


 ランジュも旅をしている間に、変化を見せた。その変化のせいで、彼女の命は奪われようとしている。それに自分がまた関わっている。一緒に旅をしなければ、こんなことにはならなかっただろう。今度こそ助けたい。無我夢中で、爪をたてる。


「ランジュ!」

「セウル!」


 クランの隣で二人が必死で腕を伸ばすと指先が触れるが、引き離される。

 髪の毛の動きは緩急(かんきゅう)をつけ、二人を完全にもてあそんでいた。


「ランジュ! くそ、離せ!」


 セウルも逃れようと暴れるが、髪の毛に拘束されて思うように体が動かない。


(くそ! これが本当に髪の毛なのかよ!)


 椅子に座ったまま、ただ髪の毛だけを自在に操り、場を支配する。ようやくグログが道だけしか作らなかった意味が分かった。


(こいつは化物だ……っ)


 クランを前に消滅しかけたあの悪魔が、これほどの相手に勝てるはずがない。


「くそっ、くそ! 神がいるなら、助けろよ! なんのために存在しているんだよ! いつも、いつも、いつも! 助けないなら、なんで存在している! なんで信仰されているんだよ!」


 爪が割れ、血に染まった手を動かし続けるクランの姿に、セウルは神を憎んだ。

 真面目に神を信じている相手にさえ、慈悲を与えない。そんな存在を神と呼び、敬う世の中が異常に思え、なにもできない悔しさもあり、涙がこぼれる。

 自分は仕方ない、神も憎んでいるのだから。だが、信仰するクランが報われないことは、おかしくないだろうか。せめて彼を助けるのが、筋ではないだろうか。だからどこかにいるはずの神へ届くように、声を張り上げる。


「一度でいい! 奇跡ってやつを見せてみろよ! なあ、神様!」

「無駄だ。神はただ人間を信じ見守るだけ。人間が自力で状況を打破し、改善すると信じて見守る、そんな奴だ」


 王の言葉にモリオンも静かに同意と、頷く。しかし……。


「本当にそうでしょうか」


 それまで動くこともなく黙っていたアインが口を開き、冷静な眼差しを王に向ける。


「……どういう意味だ?」


 組んでいた足を下ろし、ひざ掛けに両手を乗せ、王は前かがみとなる。以前より危惧していたことが幾つかある。まさかアインはそれに気がついたのか、それとも力を得たのか。探るように見つめ返す。


「ある修道院で暮らす女性から手紙が届きました。彼女は先日まで、神を信じていなかったと謝罪していました。今は神を信じ、その言葉を勉強しようと、修道院の文献を読み漁っているそうです」

「……なるほど。神は気まぐれで、稀に人間の前に立つことはある。だがここは悪魔界。私の世界。神が降臨することはない」


 王と同じ危惧を抱いているモリオンが、そっとルジーを隠すよう動いたことにアインは気がついた。


「その修道院は名ばかりで、やることがないから、ただ一冊の聖書を読んでいる者が大半だと書かれていました。そのため、他の多くの本は埃をかぶっていると。その中に一冊、異質な内容の本があったそうです。それは何者かの手記で、神と悪魔は対を成す存在だと書かれていたと。悪魔が滅すれば、その対の存在となる神の国の者も滅されると」

「手記、だと……?」


 これまで優位に立っていた王の様子にも変化が見え、手紙の内容が真実だったとアインは確信する。

 一方、そのような手紙が届いていたと初耳だったクランは驚き、手を動かすことを止めると義父たちを交互に見る。王たちの様子からアインの話が本当なのだと分かる。


「悪魔の王、あなたの対となる存在は、私の信じる神の国、唯一の絶対神。絶対神を倒すことは不可能。つまりあなたを倒すことも不可能ということ」

「分かっているのなら……」


 どこか安堵した様子を見せる王に向かって、言い放つ。


「だが、代替わりをする場合もあると記されていたそうです」


 それを聞いた王とモリオンの目が、驚愕に開かれる。

 二人はどこから情報が洩れ、手記が残っていたのかと内心焦る。このままでは危惧していたことが起きてしまう可能性が高い。そんな二人を尻目に、アインは続ける。


「これが意味することは、王、あなたを倒せる方法があることを意味しています」

「方法があると言っても、それが分からなければ意味がない。いくらなんでも、人間がそんな方法まで……」

「悪魔の書」


 ローブの下に隠し持っていた悪魔の書を取り出すと、さらに王とモリオンの顔は強張った。その姿はルジーにとって意外で、一体これからなにが起きるのかと不安にさせるものだった。


「あなた方もご存知の通り、ランジュさんは私に何冊も悪魔の書を渡してくれたので、まだ残りがありました。悪魔大公モリオン、全て回収すべきでしたね」

「悪魔の書を使って、私に死ねと命じるのか? ああ、確かにそれだと可能かもしれない! だがアイン、お前は神を裏切ることができるのか? 悪魔の書を使えば、お前は神の国から永遠に拒まれ、私を殺せば神の国も統率者を失い、乱れるだろう! それにお前は責任を取れるのか!」


 王は椅子から立ち上がり強い口調で言うものの、アインは静かに首を横に振る。


「言ったではありませんか。神と悪魔は対となっている。これは『悪魔の書』と呼ばれ、悪魔としか契約できないと伝えられています。しかし対であるのなら……」

「使わせるか!」


 なにを言うか悟ったモリオンは叫ぶと腕を突き出す。そのまま衝撃波となる魔法を放ったが防御され、アインの目の前で弾かれる。


「アイン様……」


 その光景に、まさかグログが言ったように、神の力が発現したのだろうか。可能性に勝てたのかと、セウルは驚く。


「それ以上なにかするのであれば、今すぐランジュを殺す!」


 次に動いたのは王で、セウルを投げるように解放すると、髪の束が何本も鋭い槍を作り、一斉にランジュへ向けられる。


「その慌てぶり……。分かっているのでしょう? この書が変化したことに」


 騙すためにかけていたカバーを外すと、普段は暗い色をした書の表紙が白くなっていることにルジーは驚いた。色だけではない、表紙のデザインも異なっている。あれが本当に悪魔の書なのかと、疑ってしまう。


「旦那様、あれは……。あれは一体、どういうことですか……?」


 モリオンは答えられなかった。その答えをアインたちに聞かれたくなかったからだ。


「ずっと神に願い、この身から外していませんでした。どうやらこの書は手記の通り、神へ祈りを捧げることで、『神の書』に変化してくれたようですね」

「アイン、貴様!」


 王が吠え魔法を使おうとするなり書が光り、アインを中心に髪の毛が消滅する。

 ランジュが大きな音をたて床に落ちる。急いでセウルが駆け寄る姿を見ながら、アインは書を掲げ叫ぶ。


「私は神に願う! ルジーさんとランジュさんの幸せを!」


 この書を抱いた時から決めていた願い。二人を助け、幸せにしたい。そのために力を貸してほしいと、ずっと神へ祈っていた。二人は悪魔の書、そして悪魔により苦しめられた。だから救いたい。今度こそ、なにがあっても。

 光っている書の光が一筋に集まり、天に向かって走る。その光は建物を貫き、数多(あまた)の空を駆け、彼方(かなた)なる世界まで走る。

 アインのひたすらまでの誰かを助けたい強い思いが、天に届いた。






お読み下さりありがとうございます。


「悪魔の花嫁」シリーズ全てに出てくる宗教関係は、異世界にある架空の宗教です。

よって、現実世界にある宗教に基づいた指摘につきましては、ご遠慮のほどお願い申し上げます。

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