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再会

「悪魔が接触してきた?」


 セウルは急いで教会に帰るなり、まだ部屋に残っていた二人へグログからの提案を告げた。


「信用しても良いのでしょうか」


 クランは困惑を隠さず、アインの様子を(うかが)う。それも当然の反応だとアインは思う。悪魔が協力するという申し出を、素直に信じることの方が難しいからだ。


「この前、アイン様が話した怪しい悪魔、ランジュの姉だったらしいんだ。ランジュを処刑するのに、そいつが一役買っているって。しかもランジュを嫌っているから、これを機に殺したいだけだろうって。その悪魔、ランジュの姉が嫌いだから、思い通りにさせたくないって」


 ふざけているのかと言いたくなるような理由。余計、この話を信用して良いのか不安になり、アインもすぐさま判断できない。なにより最大の問題が残っている。


「悪魔界へ行けられても、対抗できる手段がない状態で……」

「そいつが言っていた。たまに悪魔に対抗できる力を発現させる人間がいるって。アイン様とクラン様なら、その力を発現させられる可能性が高いって。悪魔の王を前にしたら、神が二人を守るため力を与えるかもしれないって!」


 確かに歴史上、魔法のような力を使い、人々を救済した聖女、又は聖人と認定された者はいる。

 彼らがいつ、どうやって、その力を得たのかは分かっていない。だから自分にその可能性があると言われたら、否定も肯定もできない。だが……。

 ある修道院から送られてきた手紙。そこに書かれていた内容をアインは思い出す。

 それらを併せて考えた時、一つ、勝算を見つけた。


「……その賭けに乗りましょう」


 アインの言葉にセウルは頷く。クランも反対はしなかった。

 セウルはまた走り、グログの元へ帰る。道中、息を切らしながら、悪態を吐く。


「くそ、あいつ! アイン様たちを前にしても、平気なくらい強い悪魔だったら楽だったのに!」


 ランジュを助けられる。その可能性が浮上したことにより、セウルの精神は回復していた。いわゆる興奮状態であった。

 路地裏で待っていたグログは、早速悪魔界へ通じる穴を作ると言う。だが自分はアインたちに近づくだけで消滅してしまうので、そうすれば穴も消えてしまうから、遠くで見るしかできない。道を作る協力以外はできないと言われる。


「つまりお前は、なにもしないということか」

「お前たちへ協力することは、俺も悪魔界を裏切る行為となり、命がけだ。この大役をこなす礼は、言ってほしいものだ」


 確かにグログの協力がなければ、悪魔界へ行くことは無理な話。それだけでも感謝するべきだろう。


「……そうだな、ありがとう」


 実はランジュを手に入れようとクログが考えているとは思わず、セウルは素直に礼を述べた。


 それから四人はすぐ行動に出た。急がなければ、ランジュの処刑が実行されてしまう。

 グログと決めた地点に三人は向かい、しばらく待った。すると、空間が渦を巻くように歪み始めた。


「道を作ると言っていた。きっとこれがそうなんだ……」


 グログから見たこともない光景になるが、怖がらず中心に向かって進めと言われている。

 それでも恐る恐るとした足取りになりつつ、渦の中心に向かって歩く。

 もしこれが罠だったら……。不安が拭えず、クランは喉を鳴らす。

 歩いていると、まるで引っ張られるような感覚があり、歩いている内に、世界が一変した。瞬きをしたら、別の場所になったと言っても良い。


「ここが……。悪魔界……?」


 太陽のような明るい光はなく、薄暗い。見上げれば空は曇天(どんてん)模様。しかもその雲も、黒っぽくもあり、紫色や紺色が混じっており、人間界では見られないもの。さらにどこからか聞き覚えのない、奇妙な鳴き声も聞こえてくる。

 グログが言っていたように、目の前に城がある。それが悪魔王の住む城だという。そこにランジュは連れて行かれたはずだと。さらにこの世界で王に敵う者はいないので、門番も護衛もいないから、堂々と入れると言われた。


 枯れ葉ばかりの地面を歩く。門は開かれており、難なく進める。罠を考え不安になっていたクランにとっては、いささか拍子抜けである。

 城には使用人が若干名働いているので、彼らには注意しろと言われた。その人数は少ないので、足音や気配といった警戒を怠らなければ問題はないとも説明があった。それに使用人によっては、アインとクランが近づけば勝手に消滅するだろうとも。


 旅で使い古されたローブを身にまとい、三人は城内を進む。外と同じで薄暗い城内についても、事前に地図を預かっている。目指すは玉座の間。


「王自らが処するということは、それにふさわしい場所が選ばれるはずだ。その一番の候補が、ここ、玉座の間だ」


 セウルもグログを完全に信用した訳ではないが、今の所彼の助言通り、順調に進めている。

 それにしても人間界の常識と照らし合わせると、王の住む城に門番や城を守る騎士がいないとは、信じられない話だ。


(それほど悪魔の王は、束になっても敵わないほどの実力者なのだろう。だがここまで来たのだ。怖気ついてはいられない。神よ、どうか我々を守りたまえ)


 アインは隠し持っているそれを、ローブの上から握りしめる。


「あそこが……」


 グログが言っていた通り、背丈の高い巨大な扉があった。どのような体型の悪魔でも入れる扉だという。中央から左右同時に開閉する作りで、表は凝った装飾が施されているが、人間界の常識とはこれも違っていた。


「なんだよ、これ……。趣味が悪い……」


 思わず、セウルは口元に手を当てる。幼い彼には刺激が強いようだと、アインは心配する。

 扉にはなんの動物なのかは知らないが、骨がふんだんに飾りとして使用されている。さらに血が垂れたように赤い色が塗られ、不気味としか言えない。その全体的な形はまるで骨で作られた動物が貼りつけられ、叫んでいるようにも見える。中には助けを求めているようなモノもある。


 だがここまで来て、たかが扉。外見で臆する気はない。

 三人は黙って頷き合うと、アインが代表して扉を押す。

 見た目と違い、重さを感じない。様々な悪魔に対応していると聞いてはいるが、腕力が弱い悪魔がいるのかもしれない。そのため少しの力だけで、扉は開くようだ。

 左右が均等に開かれていく扉の向こう、その正面に檀上が設けられていた。だが黒い幕が下りており、その向こうになにがあるのかは分からない。

 警戒しながら足を踏み入れる。檀上と柱だけの部屋。柱の陰に注意をしながら進むが、誰の気配もない。


「……ここじゃないのか?」


 黒い絨毯が敷かれているが、不思議な感触だった。壁紙、天井も真っ黒で、明かりがなければ暗闇の中に置かれていると錯覚したことだろう。

 明かりにしても窓はない。天井や壁につけられた道具が明かりを放っており、それで室内を見渡せることが可能となっている。

 誰の姿もないと、まさかすでに刑が施行されたのか、三人はますます不安に駆られる。それとも別の場所に、ランジュは囚われているのだろうか。


「あの幕の向こうは?」


 セウルは気になり、向かう。

 その時、大きな音をたて扉が閉じられた。急いで一番近くにいたアインが駆け寄るが、どうやっても動かない。開ける時は、あんなにも軽かったのに。今は重く固定されたように、押しても引いても、びくともしない。これは只事ではないと、額に汗が浮かぶ。


「気をつけなさい!」


 罠かもしれない。焦ったアインが叫んだ瞬間、絨毯が動き、三人は体のバランスを崩す。


「床が……!」

「地震か?」


 足下を見れば、扉の方から床の色が変わっていく。床だけではなく、壁も天井も。玉座の間が変化する。まるで色が抜けるような変化だ。


「これは……」


 床の色が変わった所から、動きは止まる。一足早く揺れから解放されたアインに、恐ろしい考えが浮かぶ。


「まさか……。絨毯ではなかった……?」


 それが答えだと言うように、素早い動きで部屋を覆っていたモノが壇上に向かい、走る。玉座の間を覆っていた全てが濃縮して集中し、幕の前で繭のような形を作る。そこに隙間が空き、気を失ったランジュの顔だけを覗かせた。


「ランジュ!」


 慌ててセウルが駆け寄ろうとするが、今度は幕の一部が紐のような形になり、動き鞭のように足元を叩くと行く手を塞いだ。


「……幕ではない。これは……。この部屋全体……。髪の毛が……!」


 その動きを見て、やはりランジュを包んでいるモノも、最初に床と壁を覆っていたモノも、全て髪の毛だとアインには分かった。


「ふっ、ふふっ。教皇アイン、過去の文献でも読み漁ったか?」


 若い女性の声が室内に響く。いや、子どもと言っても良い質の声。三人は声が聞こえてきた檀上に視線を向ける。


「どうやら私の容姿については、正しく伝えられているようだな」


 幕が開かれ姿を現したのは、少女のような外見の者。赤い瞳、黒く長い髪の毛。文献通りだと、アインは(おのの)く。

 長い髪の毛は、全て彼女のものらしい。広がった髪の先の一部がランジュを捕らえていると分かる。


「……あなたが、悪魔の王ですか」

「いかにも」


 あっさりと肯定される。その答えを予想していたアインは驚かなかったが、クランとセウルは驚いた。

 モリオンよりもずっと若い。若すぎる。異様な長さの髪を除けば、本当に少女にしか見えない。


「……ずい分、お若い王なのですね」

「我々にとって外見に、意味などない。私はお前が想像する以上の時間を生きている。それに、名乗らないだけで正体を隠している訳ではない。なに、お前の予想通りだ。悪魔を全滅させる力を持つ悪魔など、私しかいないからな。だからそれを願われた時だけ、私が人間の前に立つ。もっとも、それだけは無理な願いだが」


 今まで体験した出来事を思い出しているのか、王は肩を揺らして笑う。


「長く生きているが、このような形で人間と会うのは初めてだ。しかも私の城になんの力を持たず、侵入してきたのだから。なんと恐れ知らずの愚か者たちだろう。信仰心だけでは、私に勝てないと言うのに」


 白く細い指を口元に当てるその姿は、幼い見た目ながら妖艶でもある。本の言う通り、見た目と異なり長寿だと分かる。子どもには出せない大人の色気を持っている。


(全く、悪魔については分からないことだらけですね)


 相手が悪魔の王と知っても、足を震わせながら必死にセウルは叫ぶ。


「ランジュ! おい、ランジュ! 返事をしろよ! 目を開けろ! なあ、ランジュは生きているのか?」


 首が傾き、目を開けないランジュの姿に余計怯えてしまう。その様子は王にとって、滑稽(こっけい)としか見えない。


「まだ生きている。王がランジュの力を全て吸収した後、消滅させるがね」


 王の背後から現れ横に並んだのは、モリオンだった。


「娘になんてことを……!」

「仕方ないのだよ、布教使クラン」


 モリオンはわざとらしく、肩をすくめる。


「ランジュは悪魔界にふさわしくない、裏切り者だ。人間だってそうであろう? 不要なモノは処分する、害となるモノも処分する。それと同じだ」

「殺しをそんな形で正当化するな!」


 クランが叫べば、長いため息が聞こえてきた。それは、やれやれ、困ったものだという感情を、隠しもしない女のため息。


「私だって親だもの、悲しい気持ちはあるのよ? でも仕方ないの。旦那様が言うようにランジュは、この世界を裏切ったのだから」


 そう言いながら現れ、モリオンの腕に自分の腕を絡めたのは、ルジーだった。

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