グログとルフェー
いざ目的の人物を見つけようとしても、これまで興味のなかった相手ということもあり、ルフェーはなかなか見つけることができないでいた。
どこにいるのか皆目見当がつかない。彼の家に行くことは父から禁じられているため、在宅していないことを祈るしかない。
見つからない苛立ちはあっても、それを勝る楽しみがあるため、探し回ることは苦ではない。
途中、彼の妹を見つけた。人間が言うカエルに似た容姿のその少女は、せっせと飛んで移動している。
「あら、一人なんて珍しいわね。独り立ちするほど成長したってこと?」
「ううん。体力をつけたいから、運動しているの。まだ正式な場では、パパたちの頭に乗るよ」
悪魔界の中では素直、純粋とも言える性格の彼女。そういった点はルジーに似ているとも言えるが、幼い故、ただの世間知らずとも言える。ルフェーとは従姉妹同士だが、めったに話すことはない。そのため、ルフェーから話しかけられたのは初めてではないかと、少女は考える。
「ねえ、グログ知らない?」
そう問われ、話しかけてきた理由が分かり、少女は納得する。
「グログお兄様なら、魔法の練習で森へ行ったはずだよ。布教使に会って負けたのが悔しいって言って、最近は毎日通っているの」
素直だが、口の軽い女の子。だが今はそれに助けられた。早速グログがいるはずの森へ向かう。
この森に生息している動物は、対した強さはない。子どもが戦うすべを身につけるため、利用しているくらいだ。そして狩った獲物は売ったり食べたりする。魔法の練習にもなり、小遣いも得られるので、足を運ぶ子どもは多い。
「グログ、ねえ、どこにいるの?」
今日の目的は狩りではない。だがこの森の動物相手なら対応できると判断し、大声を出す。
何匹か声につられ姿を現したが全て倒し、やっと目的の人物、グログを見つけることができた。
彼は森の中に流れる小川の縁にある石に腰をかけ、食事をしていた。その横には数匹の獲物が積まれている。
「グログ、やっと見つけた!」
喜色満面と寄って来るルフェーに、グログは驚いた。
「……なんだ? お前が僕に用事?」
石から降りるとグログは長い腕を前方に垂らし、嫌々ルフェーに近づく。
「珍しいことがあるな。しかも森まで追ってくるとは……」
頬を掻きながら、グログは空を見上げる。今すぐ異常な天候に見舞われるのではないかと思うほど、彼にとってルフェーの行動は意外だった。
「ランジュについて、あんたに伝えておきたいことがあってね。とっても、とっても大切な話だから」
それを聞いたグログは眉の間に皺を寄せ、口を曲げる。
自分の気持ちにこの従姉は気がついているが、わざわざ自分を探してまで話したいということは、ろくでもない話だろう。もしやランジュの身になにか起きたのでは、不安になる。
ランジュが人間に近く、布教使を前にしても平気な体質だと分かっている。だが、絶対に安全とは言い切れない。クランと生活している内に、なにか体に異変が起きたのかもしれない。
(こいつはランジュを心配することはなく、苦しむと喜ぶ奴だからな)
だが語られる話は、グログの予想を超えていた。
「私たち兄弟全員、王からの命令で、悪魔の書を人間界で配っているの」
「知っている」
「王からという絶対的な頂点に立つ方からの命令だから、逆らえない」
なにを分かりきったことを話すのかと、グログは訝かしむ。
「それなのにランジュ、布教使だけではなく、教皇アインとも一緒に教会で生活するようになって、いつ書を配っているのか王が疑問を持たれてね」
それを聞き、自分の知らない間に教会で教皇と暮らしているのかと驚くと同時に、焦る。
クランが近寄ってきただけで、自分は消滅しかけた。そのクランより信仰心が厚いと言われるアインと一緒に過ごされていては、父親並の力を手に入れなければ近づくことさえできない。
(短期間でそんな力、身につくはずがない……!)
ランジュを連れ去る計画を考え直さなくてはならないと、歯噛みする。
きっとルフェーは自分の企みに気がつき、それが成就されないことをからかいに来たのだろう。
(まったく、性根の悪い女だ)
だからグログはルフェーが好きではない。そんなグログに構うことなく、ルフェーは続ける。
「それで私、王から命じられて調べたの。そうしたらあいつ、教皇へ書を渡して処分していたの! 分かる? 確かに教皇へ書を渡せば、人間に配ったのだから王の命令に背いていない! けれど、どんなに書を渡しても処分され、使われることはない! あいつは、悪魔界を裏切ったのよ!」
ルフェーが両手を広げ笑う姿は、心底喜んでいるようにしか見えない。
(……これが、どうして笑う話になる?)
やはり怪訝だと、グログはさらに顔を歪ませる。
「その事実を報告したら、王は断言された! あいつを排するとね!」
その宣言は、グログに大きな衝撃を与えた。
排するということは、つまり、ランジュは処刑されることを意味する。その事実に気がつき、グログは上手く呼吸ができなくなり、背を丸め、荒い息を吐き続ける。その様子にルフェーは満足だと笑みを深め、苦しむグログの肩に手を乗せる。
そして恍惚とした表情で、グログの顔を覗きこむ。
「かわいそうに、残念ね、グログ。あんたの恋は、けして実らない。だって、ランジュは死ぬのだから」
「黙れ!」
絶叫にも近い声を浴び、ルフェーは口を何度も開閉する。喉に手を当て、声が出ないことに驚く。
(は? なんで? こいつは私より、そんなに強くなかったはず……! ここまで影響が出るはずは……! そうか、怒り……! 怒りによって、力が増大した……!)
グログはなにか呟き、その事実に気がついていないが、グログの命令に逆らえないと気がつかれたら、ランジュを死に追いやる自分を許す訳がない。最悪殺されてしまうと、ここにきてルフェーは戦慄する。
人間界へ行った時は王の加護があり、守られている安心感が多少はあった。だが今は加護がなく、自分だけで切り抜ける必要がある。しかし今のグログを相手に勝つ自信はない。
(まずい、どうしよう。暴走状態に入っているこいつに命令されたら……! グログの力を見誤った……! お父様もなにがきっかけで、力が爆発的に跳ね上がるか分からないと言っていたし……。グログがその境地に入るなんて……!)
「帰れ! 一人にさせろ!」
だが杞憂に終わった。
グログ自身が無意識に、ルフェーを救ったのだ。
ルフェーは頷くと走り出す。さっきまで浮かれていた心は、もう欠片も残っていない。今は一刻もグログから遠く離れなくては。その思いだけが、彼女の足を動かした。
残ったグログは咆哮のような叫びをあげ、無意識に放った魔法で椅子代わりに使っていた石を粉砕させた。
王が相手では勝ち目がない。ランジュをさらい、閉じこめる計画が叶うことはない。ランジュの死は決定だ。
「くそ!」
殺気を放つグログを恐れ、周辺にいた動物たちは逃げ出したが、そのことにも気がつかない。
(落ちつけ。まずはあいつの言うことが本当なのか、確かめることが先だ)
信じられない。その気持ちを抱えたまま、グログは人間界へ向かった。




