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連れ去られるランジュ

 悪魔界でなにが起きているのか知らないランジュは、セウルとの仲は修復できないままでいた。だがそれ以外に関しては、心地よく過ごしている。

 人間界について学ぶことは多く、勉強を楽しんでいる。己が無知だったと改めて思い知り、それを補おうと頑張る日々。またアインとクランという協力者のおかげもあり、教会の生活に不自由はない。

 唯一不満な点は食事だが、それも悪魔界へ帰ってあちらの料理を食したり、香辛料を振りかけたり、対処はいくらでも可能である。


(やっぱり私は、悪魔界より人間界の方が好き。ちっとも息苦しくない。あちらでの生活は常に自分を殺して、好きじゃない)


 けれどいつ王が命令を取り下げ、また悪魔界でずっと過ごす日々に戻るか分からない。その爆弾が、ランジュを苦しめている。


(私はいつでも人間界に行き来できるけれど、命令もなしに頻繁に移動してはまたお姉様になにを言われるか……。お父様に告げ口され、人間界へ行くことを禁ずると言われたら、それに逆らえなくなる……。それだけは、嫌!)


 いつまでも王が書を配れと言い続けてくれれば良いのに。そんなことを願いながら、新たにアインへ渡すための書を取り出す。

 悪魔の書はランジュが手元に取り寄せたいと願うだけで、現れる。どういった仕組みかは謎だが、それは悪魔界にとって当たり前のことであり、謎と呼ぶものではない。


「アイン様、失礼します」


 部屋をノックして了解を得て入室すると、そこにはクランとセウルの姿もあった。

 この二人の前では書を隠す必要はない。だが悪魔の書を抱えている自分をどんな顔でセウルが見ているのか、怖くて確認することができない。俯き、小走りに座っているアインの元へ向かうと、急いで本を差し出す。


「新しい悪魔の書です」


 受け取りながらアインは、際限なく渡される悪魔の書に、底はあるのかと考える。

 燃やせば人間界から消えるが、その後はどうなるのだろう。悪魔界で再生している可能性はあるだろうか。もしそうだとすれば、この作業は永遠と終わることがない。

 一度ランジュへ尋ねたことはあるが、その答えを持ち合わせていなかった。また、誰が悪魔の書を作っているのかも知らないと言われた。


(その辺りは機密事項なのか、判断が難しい。存在して当然と受け止めているようにも見えますし、知ろうという考えもないようですし)


 知りたいことは山ほどあるが、あれこれ尋ねたり、ランジュに探らせたりする気はない。下手に動いては、よりランジュの立場が悪くなると分かっているからだ。だから知らないと言われたら、分かったと引き下がる。

 今日もいつものように、悪魔の書を受け取る、ただそれだけだった。アインが受け取ったことを確認し、挨拶をしたランジュが体の向きを変えた次の瞬間。

 突如、むせかえる強い薔薇の香りが部屋中を漂い始め、天井から黒い薔薇が降るよう、大量に舞ってきたのだ。驚いた四人は、天井を見上げる。



「悪い子だ、ランジュ」



 舞い落ちるバラの中から声が響き、両手が現れ伸びてくる。手首、それから肘。現れる腕の動きを、ランジュは目を大きく見開き、ただ見ているだけ。しかし体は無自覚に震え始め、悲鳴とも嗚咽とも聞こえる微かな声を漏らす。

 現れた両手は、ランジュの頬を優しく丁寧に包む。そこからさらに姿を現したのは、ランジュの予想通り、父、モリオンだった。


「お、お、おと……っ。おっ、おっ、おとうっ、さまっ」


 天井から逆さに姿を現し、器用に着地した老人を、ランジュは『父』と呼んだ。三人の視線が一斉に、老人へ向けられる。

 ランジュの父といえば当然、悪魔である。だがその老人は、ただの身だしなみを整えた、裕福そうな一人の老いた人間にしか見えない。

 老人はハットを脱ぐと、(うやうや)しく一礼をして顔を上げると、真っ直ぐ背筋を伸ばす。


「我が名はモリオン、ランジュの父です。娘が世話になっております。さて、これまで直接対面したことはありませんが、教皇アイン。貴方との付き合いは長いですね。貴方は我が妻が生まれる前より、我が契約者に寄り添っていましたから」


 正体を知らなければ、まるで礼儀正しい老人の見本だとアインは思った。


「この老人が、悪魔……? あの……?」


 クランは驚愕を隠せない。ルジーを連れ去り、彼女に愛されている存在が目の前にいるのだから。

 悪魔の容姿は多様だが、ランジュの姿もあり、勝手に人間と近い見目をしていると推測していた。それ自体は正解だったのだが、クランにとって見た目が老人というのは、予想外であった。

 ルジーが夢中になるのだ。よほど容姿が整った年若い外見の悪魔だと思いこんでいたからだ。


 セウルは二度目の悪魔との対峙となるが、動くことも、声を出すこともできなかった。一体なにが起きているのか。それを理解し、追いつくことで精一杯だった。

 今日は自分を養子として迎えてくれる家を決め、今後の生活について三人で話し合う予定だった。そこへランジュが現れ、黒い薔薇が舞い、老人が現れ、その老人をランジュが父と呼び……。


「残念だ、ランジュ」


 モリオンが名を呼べば、ランジュの肩が跳ねたように大きく震える。

 ランジュは自力で逃げ出せないようだと気がつき、急いで助けようとアインは手を伸ばすが、それよりも早くモリオンが指を鳴らす。直後、ランジュとモリオンは移動しており、三人から距離を取っていた。


「全ては私とルジーの子どもたちを……。特にランジュ、お前を試すものだった」


 長い髪の毛を優しい手つきで撫でられるが、ランジュの震えは止まらない。この優しさは見せかけだと分かっているからだ。


「お前は悪魔界にふさわしい存在なのか疑問を抱かれ、ずっと見張られていた。そして王による審判は下った。悪魔の書を使用するはずがない教皇たちへ渡し続け、処分させていたのだから。これは悪魔界への裏切り行為で、許されるものではない。お前は、悪魔界にふさわしくない!」

「う……っ」


 急に髪を引っ張られ、無理やり顔を上げさせられたので、父と目が合う。口元は笑っているように見えるが、目は笑っていない。冷酷な一面を隠しもされず、恐怖から涙が溢れてくる。


「王は決められた、お前を処分すると。光栄に思え、王自らがお前を処されるのだ」

「なんということを……!」


 十字架を握りしめ、ランジュを取り返そうと再びアインは動き出すが、投げられたハットが顔に当たり、足の動きが止まる。


「教皇アイン、布教使クラン、この人間界でまたなにも出来ない己に歯噛みするが良い。今回もお前たちはなにもできず、誰も救えない……」


 モリオンを中心に強い風が吹き、薔薇が舞う。部屋に置かれていた書類は風で飛び散り、本は音をたて、すさまじい勢いでめくられる。突風により、つい三人は目を閉じ、風が止むと目を開ける。


「そんな……」


 セウルが呟く。

 ランジュとモリオンの姿が、消えていたのだ。

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