ルフェーの報告
先日より本作は完結するまで感想欄を閉じています。
この作品は最初から流れ、展開を決めて書いているため、感想欄に書きこまれた内容により、それらを変更することはありません。
同時に書きこまれた内容と類似した点は、元々表現する内容だったとご理解のうえ、お読み下さるようにお願いいたします。
(なんなのよ、あの人たち! 他人事だと思って! 悪魔界からただ眺め、楽しんでいるだけのくせに!)
ルフェーは妹たちが言う通り、実験という名で玩具にされている自覚があった。
(私は下手をすれば祓われ、死ぬかもしれないのよ? 少しはこの恐怖、あの人たちも味わってほしいものだわ。大体、美的センスが狂っている奴もいるし……。虫ってなによ。自分が床を這いまわりなさいよ)
心の中でけして言えない悪態を吐きながらも、変身した相手を見つけると、魔法を放ち気絶させる。そして人の出入りの少ない部屋へ押しこむ。これでしばらく自由に動けるだろうと、相手を見下ろしながら両手をはたく。
(今の魔法、あいつに気がつかれていないと良いけれど)
ランジュに気がつかれ、アインとクランを引き連れて来られることだけは避けたい。だがしばらく様子をうかがっても、特にそういった気配はない。
(王から借りた魔法感知を防ぐ道具……。この道具を身につけていれば、魔法を使っても残滓を即、吸い取ってくれると説明されたけれど、本当のようね。これで魔法が放たれたと分からなくなるなんて、便利な道具だわ)
王の道具を疑っていた訳ではないが、初めて使用するため、不安は拭えなかったのだ。
気絶させた相手を改めて確認すると、教本を抱えている。歩いていた方向から察するに、この本を返却するため、書庫へ向かっていたのだろう。だったら書庫までの道を歩くのが良いかもしれない。
窓から太陽の光が差しこむ、明るい昼間の廊下を歩く。悪魔界では考えられない光景。全てを明るく照らされる中、こうして歩くことにルフェーはまだ慣れない。
さらに人の気配はするものの、静かである。見張っていて気がついたが、ここでは大きな音を出す者はいない。そういう場所だと、無意識に認識しての行動を、人間は取っているのかもしれない。
(……あいつ、どこにいるのかしら)
窓の外を眺めてみるが、ランジュの姿は見つけられない。
アインと行動を共にしていることが多いため、悪魔界から覗いても、たまに映像が乱れることがあると言われた。教皇の信仰心の強さ故らしい。
なぜそこまで教皇は、神を崇拝しているのか、ルフェーには理解できない。ただ人間を見守るだけで、助けることは稀な存在だと言うのに。
(そんな相手を、どうして厚く信仰できるのかしら。悪魔のように姿を見せることだって、ほとんどないのに)
神が人前に姿を現すことは、助けることより、さらに希少である。
歴史上、教会が正式に認めた神の降臨も遠い昔で、何百年と起きていない。つまり現在生きている人間で、直に神の姿を見たこと、声を聞いたことがある者はいない。だからこそ、存在自体が不明なモノをなぜ厚く信仰できるのか、ルフェーには謎なのだ。
(悪魔が神の存在を認めることは当然だけれど、なぜ人間も当然と受け入れているのかしら。悪魔の方がよほど人間と接する機会があるのに、悪魔王を崇拝する宗教があると聞いたことはないのよね。それなのに悪魔の書を使って願いを叶え、挙句には死にたくないと無駄に足掻くのだから、人間って本当、身勝手で醜い変な生き物よね)
そんなことを考えていると、あっという間に書庫へ到着してしまった。
途中、幾人かとすれ違ったが、会話がなかったせいか怪しまれることはなかった。
(道具であいつも魔法に気がついていないし……。これなら確かに、若干程度の差なら恐れる必要はないかも)
一度安心すれば、ルフェーは大胆となった。
回数を重ね、人気のない場所からより人の集まる場所へ向かうようになるのに、時間はかからなかった。そうなると当然のように、ランジュを見かける回数も増える。
ルフェーが監視しているというのに、ランジュはそのことに気がついていない。愉快だとほくそ笑む。
だが誰かに話しかけられると緊張する。兄たちの言う通り、全員を四六時中監視はできていないので、過去、相手とどのようなやり取りがあったのか分からない。下手な返しをしては疑われることに繋がるので、自然と慎重になる。
そうやって過ごしている時、ついにルフェーは目撃した。ランジュがアインと一緒に、悪魔の書を燃やしている姿を。
その姿を見た時、ルフェーの口角は自然と上がった。だが、まだ偶然かもしれない。
やがてルフェーの中の疑惑が確信になると、急ぎ王たちへ報告を行う。
「悪魔の書はアインの手に渡され、アインはそれを処分していたのです! それを愚妹は見ているだけでした! 確かに相手は誰であれ、人間に書を渡しているので、王の命令に背いてはいません! ですが、なんと小賢しいことでしょう! 王を騙しているのですから!」
アインとの計画、その全容までは見破れなかったが、ルフェーの中ではストーリーが完成していた。
ランジュは悪魔の書を見つけた等と理由をつけアインに渡し、それをアインたちが処分しているという話を。
それは事実に近い推測であったが、ルフェーの話が事実かは、王にはどうでも良かった。
時間を与えたが、ランジュは裏切り続けた。そのことこそ重要だったからだ。
嫌っている妹の悪行をルフェーが目撃すれば、報告することに躊躇しないとは思っていたが……。嬉々としているその姿は、自分は王を裏切ることはしないと全身で主張しており、その点には満足する。
ルフェーを下がらせ、王は集っている部下を見渡す。
「悪魔の書は配れば配るほど、使われる可能性は高まる。手に入れても、実際に使うにはためらう人間は多い。だが、けっして使用しない人間へ書を渡し続けた行為は、裏切りに他ならない。ランジュは後日、この私が直接裁きを下す。さて変身魔法だが、時間による劣化さえ気をつければ、あの二人が近くでもここにいる者ならほぼ問題ないことが分かった。だが教皇の振った聖水により魔法が解けた点は、看過できない」
「単純な魔法でも人間によっては、聖水を使えば魔法を解かれる可能性がある、ということですね」
「布教使は教皇より信仰心は厚くないようですが、それでも同等の反応を示す可能性がある以上、やはりあの二人に普通の悪魔は近寄らない方が良いみたいですねえ」
「アイン教皇、面倒ですな。神もあの男には注目しているでしょう。もしかすると……。加護しているかもしれませぬ」
ある悪魔の発言により、沈黙が落ちる。
この場にいる全員、恐れていることがある。それを察した王は、断言した。
「早急にランジュを排そう」
その決定を、引き下がったルフェーはドアの向こうで聞いていた。
好奇心を抑えられず聞耳を立てていたのだが、なんと僥倖なことかと、喜びが爆発する。
ランジュのいない、望んだ未来がやってくる。異端の邪魔者がいなくなる。想像しただけで、なんと明るい未来なのだろう。笑いが止まらない。
声を潜めることが難しくなったこともあり、もうこの場に用はないと背を向け歩き出す。
ルフェーの足は軽やかそのものだ。ダンスのステップのように、リズミカルに動かす。この喜びをまず、誰に伝えよう。自慢するように教えたい。それにふさわしいのは、一体誰だろう。鼻歌混じりに考えていた時、ある男の顔が浮かんだ。
「うってつけの奴、いるじゃない」
ルフェーは笑みを深めた。




