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それぞれ

「ランジュの味覚が変わっていたのは、父親の血筋によるものだったのだね」

「はい。味覚だけではなく、実は一部体のつくりも人間と異なっています。口内や内臓は頑丈で、強い酸性のキャンディーを食べても問題ありません」


 味覚がずれているが、ケーキを眺めて目を輝かしていた姿は覚えている。つまり見た目といった感性は、本人の言う通り人間に近いのだろう。


「あの……。セウルは……」


 二人だけの朝食の席、やはりセウルが気になるらしい。


「今日は教皇と過ごされる。今はまだ会わせることはできない。セウルは、悪魔を憎んでいるからね……」

「知って、います……」


 だから正体を知られたくなかった。

 そしてあの時、父がなにを伝えようとしたのか、今なら分かっている。



『ランジュ、そこから逃げろ。教皇が来て、魔法が解けてしまう』



 そう伝えたかったのだろう。


(……私みたいな娘でも、心配してくれたのかしら……。それとも私から、なにか情報が洩れると心配したのかしら……)


 ランジュもまた、今後について頭を悩ませていた。

 変身が解け、アインとクランにルジーの娘だと知られたと、とっくに父は気がついているだろう。その父に、なんと伝えるべきか……。一度戻り、なにか説明が必要だと分かっているが、名案は浮かばない。


「クラン様、相談したいことが……」


 ランジュに相談され、クランも頭を悩ませた。

 計画のことだけを考えると、ランジュが二度とこちらの世界へ戻って来られなくなるのは困る。だがそれ以前、彼女を見捨てるようなことはできなかった。


(上手く言いつくろう必要がある。それに居場所がないと言っていた。あちらの世界で、良い思いをしていないのだろう。家族についてもあまり話さないし……。そんな場所から、二度と出られないことは避けたい)


 居場所がないと言われると、どうしてもルジーと重なる。だから余計に、守りたいと思う。


(いや、これでは駄目だ。父さんも言っていたではないか、セウルの問題もある。それにランジュとルジーは親子で似ていても、別人だ)


 しかし出会った頃のランジュは感情が表に出ず、自分たちと距離を取っていた。本人が知っているのかは謎だが、それは母親であるルジーと全く同じである。

 暮らしてきた世界が違うのに、言動の似た母娘(おやこ)


(悪魔の呪いなのか……?)


 悪魔の書を使用した代償を、ランジュもまた払っているのかもしれない。

 時を戻すことができるのなら、契約を行おうとする当時のレックス当主を、無理にでも止めただろう。なにも知らず、己を差し出せば全て解決すると信じたルジーの祖父。だが実際は花嫁を差し出すように言われ、自分のせいだと自身を追いこみ、紋様の現れたルジーの双子の妹ばかり優先させた。


(なにもかも忘れ、最初からやり直せたら……。……待てよ? 忘れる?)


 あることが浮かび、早速提案してみる。


「ランジュ、こういうのはどうだろう。私たちには記憶がなく、なぜ姿が変わったのか分からないと、私達に説明したということにするのは」


 それなら父も王も納得してくれそうだと、頷く。

 悪魔界ではこれまで通り、感情を殺して過ごしている。だから二人は、そんな自分しから知らないので、納得するだろうと。

 そう、ランジュは自分が監視されているとは知らされていなかったし、気がついてもいなかった。



◇◇◇◇◇



 クランからの提案を受け入れ悪魔界へ帰れば、ルジーが笑って待っていた。


「ランジュ、旦那様が貴女に話があるとお呼びよ」


 笑っている理由は不明だが、ひょっとしたら母のことだ。娘とはいえ、名指しで女を呼んだことに怒り、笑っているのかもしれない。今、どんな感情を抱えているのか分からない母の背を見つめながら、追うようについて行く。

 部屋で待っていたモリオンの膝の上にルジーは当たり前のように座ると、夫の首へ手を回し、甘えるように体を預ける。


「聞いたわ、ランジュ。教皇に会ったそうね。まさか彼が教皇になっていたとは驚きだわ。でも、彼ほど教皇にふさわしく、誰よりふさわしくない人間はいない。旦那様もそう思わなくて?」


 やはりその件かと、表情を変えずに警戒する。

 それから用意していた答えを話す。アインと握手したことにより魔法が解かれ、本来の姿を知られたこと。説明を求められ、記憶喪失だと言い張り、ルジーという女性も知らないと説明したと伝える。


「なるほど、記憶喪失。だから一人で旅をしていたし、目的地もない。そうアインたちへ説明をしたのか」

「それなら道理は通りそうね」


 それに両親は納得したよう頷いてくれ、安堵する。

 少し考えれば、ランジュは気がつけたはずだった。あの時、あのタイミングで、モリオンが魔法で語りかけてきたこと。それはまるで、常に見ていたようなタイミングだったと。


「これからも王からの指示に従います」


 そう宣言したランジュが去った後、夫婦は顔を見合わせる。


「やはりまだ子どもだな、抜けが多く未熟だ。だが問題はこれからだ、ランジュ」


 なにも知らないランジュは、クラン達へ上手く誤魔化せたと喜んで報告を行った。



◇◇◇◇◇



 裏切られたという思いは、何日経っても薄れない。しつこい染み汚れのように、セウルの心にこびりついている。

 窓から外を見下ろせば、アインがフードを被ったランジュと一緒に悪魔の書を燃やしていた。


 ランジュの件に自分の今後を決めるため、しばらく教会へ滞在することになった。

 セウルは教会の掃除を手伝ったりしつつ、クランから勉強を教わっている。

 ランジュは火傷を負っているという理由をつけられ、フードを目深に被り生活している。彼女もまた教会の厨房を手伝ったりして、人間とはどういう生き物なのかを勉強していると聞いている。

 当初、厨房でランジュを手伝わせることにクランは強く反対したそうだ。それをアインは、だからこそ人間の味覚を知らなくてはならないと諭した。異常な味覚をそのままにしては、疑いを持たれる可能性もあるからだと。

 家族の中では母親だけ味覚が異なり、また体のつくりから食べられない食材があると知っていたランジュは、意外とすぐに人間向けの料理を作れるようになった。だがこっそり自分の皿に香辛料を加える姿を見かけられており、辛い料理が好きだと誤解されている。


 クランが言うには、それでも耐えられなくなった時は悪魔界へ帰り、そちらでこっそり向こうの料理を食しているらしい。

 一度頼み、現物を見せてもらったそうだ。取り出された瞬間、堪らずアインとクランは窓へ駆け寄り、開け放つと涙を流しながら大きく深呼吸したそうだ。


「酷い臭いだったよ。あれを口に入れるには、相当の勇気が必要だね」


 そう言ったクランは、恐れを隠さなかった。その様子から、よほどのモノだとセウルにも伝わった。

 旅の最中も時々こっそり悪魔界へ帰っては、なにかを食べていたらしい。臭いを気にして、うがいも丹念に行っていたという。ランジュはランジュなりに考え、気を配っていた。だが、嘘を吐き続けていたのは間違いない。悪魔の書を配っていたことも。

 だから簡単に許せるはずがない。けれど一緒に旅をするようになってから、こんなに長く会話を交わさないのは初めてだ。なにも知らない頃は楽しかった。あの頃に戻りたいという気持ちもどこかにはあった。それでも感情達が交錯(こうさく)しあい、持て余している。


 なるべく会わないようにされているが、やはり同じ敷地内で暮らしていれば、すれ違うことはある。

 無言ですれ違う時、一体フードの下でどんな表情をしているのか気になることがある。だが話しかける気にはならないのも確かであった。


「セウル、ここでの生活には慣れたかい?」


 そう話しかけてきたのは、巻物を抱えたクランだった。


「あれは……。先週の書か」


 セウルの視線の先、他の不要となった紙片と共に燃やされている書に、クランも気がついた。

 渡してすぐに燃やしては疑われると考え、受け取ってしばらく手元に置き、ランダムに燃やしている。

 手元に置いている間、アインとクランは書を調べていた。表紙や本文に解明できない文字が書かれているが、それらは悪魔界で使用されている文字ということで、ランジュの手を借りて解読を進めている。


「悪魔についての研究は危険視されており、謎が多いからね。実際にその世界を知るランジュは、まさに生き字引だよ」


 まるで恩を感じているような言い方に、セウルはおもしろくない気分になる。


「……クラン様は、あいつをかばってばかりだ」


 一瞬虚を衝かれたが、クランはすぐに自分を取り戻す。同時に、セウルにそう言われても仕方ないと思う。


「そう、かもしれない……。なにしろランジュの母親ルジーは、私の初恋の女性だからね」


 驚いて見上げると、クランは照れたように笑う。


「今も未練がらしく思っているよ。選択を誤り、なぜ彼女の話を信じなかったのか、後悔ばかりでもあるから余計にね……。仲直りせず別れたし……」


 母親に似ているランジュの正体を知ったせいで、余計に初恋相手を考えているのだろうとセウルにも分かった。


「だからセウル、君がどんな選択を選ぼうと私は反対しない。けれど、後悔しないように決めなさい。私が言えるのは、初めて味わうことで後悔は後悔となる。それだけだよ。取り戻せなくなる前に……」

「……クラン様は、俺があいつを許せば良いって、そう考えているんだろう?」


 いいやと、首を横に振られたことは意外だった。


「どうしても許せないことはある。私が許すことを強制することはできないからね。それに……。私自身、ランジュの母に許されていない。なにしろ私は名指しで死ねば良いと言われるほど、嫌われているからね」


 それを聞き、ルジーは苛烈な性格の女性かもしれないと思うと同時に……。

 そこまで相手から煙たがられているのに、なぜ今も未練があるのか、理解に苦しんだ。

 それが愛なのだろうか。もう二度と会えないとも分かっているのに。でも確かに、亡くなった両親を愛する気持ちは今も変わらない。そう考えると、案外そういうものかもしれない気がした。

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